5Gで大きな注目を集める要素の1つ「低遅延」の実現に向け、2020年12月にKDDIが打ち出したのが、Amazon Web Services(AWS)の「AWS Wavelength」を国内でも提供開始したことです。これは低遅延の実現に重要とされるモバイルエッジコンピューティング(MEC)の一種なのですが、KDDIがこれを採用するに至った理由とその影響について考えてみましょう。
「AWSのMEC」で5Gの低遅延に大きな効果
2020年にサービスを開始した5Gですが、国内では現在のところ、4Gと5Gを一体で運用するノンスタンドアローン運用ということもあり、5Gの特徴の1つである「高速大容量通信」しか実現できていません。ですが5Gで、特に産業界などから強い期待がかけられているのは、5Gのもう1つの特徴でもある「低遅延」です。
その実現に向けては5Gの実力を発揮できるスタンドアローン運用が求められるのはもちろんですが、もう1つ重要なのがインターネットを経由してクラウドにアクセスする必要なく、より近い場所でさまざまな処理をこなすことで低遅延を実現するMEC(モバイルエッジコンピューティング、マルチアクセスエッジコンピューティングとも呼ばれる)だというのは第11回で説明した通りです。そして5Gのサービス拡大とともに、MECに関する具体的な動きも増えつつあるようです。
中でも最近注目を集めたのがKDDIの動向です。その理由はKDDIが、自社の5Gネットワーク上で動作するAWSのMEC環境「AWS Wavelength」の提供を2020年12月17日より開始すると発表したため。すでに東京ではサービスを提供しており、今後大阪でも展開を予定しています。
同日に実施されたオンラインでの発表会では、ゲーム関連の技術開発を手掛けるTVTが実施した検証映像で、5GとAWS Wavelengthによる低遅延の効果を紹介、4G回線での接続と比較して40~50%に遅延が抑えられたとしています。検証に参加した他の企業からも、5GとAWS Wavelengthの利用によって大幅な低遅延が実現できたとの報告がなされているようです。
ただ、MECはさまざまな企業が力を入れて取り組んでいる分野でもあり、例えばNTTドコモは「ドコモオープンイノベーションクラウド」という独自のMEC環境を提供しています。ではなぜ、KDDIがAWSのMEC環境を採用するに至ったのかと言えば、やはりAWSが提供しているMECだからこそではないでしょうか。
MECのGAFA独占を警戒するNTT
AWSといえばクラウドサービスの大手で、非常に多くの企業などに利用されているサービスでもあります。それゆえAWS WavelengthはAWSが提供するMECのインフラであることを生かし、従量課金型で初期導入コストを抑えられるメリットがあることに加え、MECでもAWSと同じサービスやツール、APIなどが利用可能であり、AWSの開発者がMECのために環境を変える必要がなくスムーズな開発が進められることが期待されます。
もちろん、機能制約はあるのでAWSの全ての機能をフル活用できるわけではないようですが、AWSの開発者にかかる負担を抑えて、低遅延のサービス開発ができることが大きなメリットとなることに間違いないでしょう。KDDIがAWS Wavelengthを採用したのも、既存のリソースを活用しやすいことが大きな理由になっていると言えそうです。
そうしたAWSならではのメリットを武器として、AWS WavelengthはKDDIだけでなく、すでに米ベライゾン、韓国SKテレコム、英ボーダフォンにも採用されるなど、順調に顧客獲得を進めているようです。しかし、実はMECに力を入れているクラウドサービスはAWSだけではありません。
実際マイクロソフトは「Azure Edge Zones」、グーグルは「Global Mobile Edge Cloud」という通信事業者向けのMEC環境を発表しており、いずれも米AT&Tなど大手通信事業者の名前がパートナーとして挙げられています。そうしたことから今後、クラウド事業者同士によるMECを巡る争いは急加速する可能性が高いと言えるでしょう。
ただ一方で、この動きはGAFAなどの巨大IT企業が通信の領域に一層深く入り込むことにつながってくるのも事実であり、NTTはこうした動きを強く警戒し、通信の領域でGAFAに対抗できる体制を整えるためNTTドコモを完全子会社化しています。通信会社とIT企業との今後の関係を占うという意味でも、MECを巡る動向は注目しておく必要があるでしょう。