野外フェスなどの大規模イベントでは、スマートフォンが「つながらない」「遅い」といった問題が発生しやすいです。それだけに携帯各社は、大規模イベントに向けた通信対策に力を入れていますが、5Gや衛星通信などの技術が進んだ2024年のイベント対策はどのように進化しているのでしょうか。「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024」におけるKDDIの通信対策を確認してみましょう。→過去の「次世代移動通信システム『5G』とは」の回はこちらを参照。

屋外でのWi-Fiスポット展開に役立つStarlink

毎年8月は、花火大会や屋外フェスなどの大規模イベントが相次いで実施されるシーズンですが、こうしたイベントは屋外、なおかつ広域で実施されることも多いです。普段はあまりいない場所に、突然多数の人が訪れることからさまざまな問題が発生しやすいのも確かです。

とりわけモバイル通信で問題となるのは、多くの人が一斉にスマートフォンを利用することで生じる、通信品質の著しい低下です。その一方でモバイル通信の重要性は年々高まっているだけに、携帯各社、そしてイベント運営側もモバイル通信の対策にはかなり力を入れるようになってきています。

今回、その事例の1つとして取材したのが、千葉県千葉市の千葉市蘇我スポーツ公園で8月3日から開催されていた、屋外の音楽フェスの「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024」です。同イベントでは特別協賛のKDDIと協力し、特徴的な通信対策を実施しています。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第128回

    KDDIは2024年8月3日から実施されていた「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2024」に特別協賛。「au」ブランドのブースを設置し充電スポットや、グーグルの「Pixel」シリーズによる撮影体験などを実施していた

それは、Space Exploration Technologies(スペースX)の低軌道衛星軍「Starlink」を用いた通信サービスを積極的に活用していること。

KDDIはスペースXと提携してStarlinkを活用したサービスの開拓に力を入れているが、最近ではStarlinkを大規模イベントの通信対策用として活用する取り組みも推し進めているようです。

実際、ROCK IN JAPAN FESTIVALでは2023年からStarlinkによる通信サービスを導入。それをWi-Fiスポットとして会場内のさまざまな場所に展開し、モバイル通信のネットワークだけでは飽和してしまう、来場者や運営者のトラフィックを吸収するのに活用してきたとのことです。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第128回

    会場内にはStarlinkの通信サービスを用いたWi-Fiスポットがさまざまな場所に設置。通信が混雑する中でも快適に通信できる環境つくりに力を入れていた

確かにStarlinkは、バックホールに光回線などを敷設する必要がなく、それでいて高速大容量通信が可能なことから、屋外で一時的に通信回線が必要という用途にはとても適しています。

もちろん、動作させるには電力が必要だが、会場では飲食の屋台など、電力を必要とする施設も多く運営しています。それゆえ、もともと発動発電機などで電力供給がなされいたことから、ハード面での導入ハードルはあまり高くなかったようです。

ROCK IN JAPAN FESTIVALの運営側によると、従来こうした屋外フェスではスマートフォンが「つながらなくて当たり前」というのが従来の常識だったそうですが、来場者が円滑にモバイルでのコミュニケーションをできるようにすることことで、満足度を高めるためにも通信の環境改善を進めてきたとのこと。しかし、Starlinkの活用までに至ったのには、他にもいくつか理由があるようです。

トラフィック対策にはミリ波よりMassive MIMO

1つは運営スタッフが会場内での連絡に用いている、モバイル回線を用いたIPトランシーバーが、トラフィックの増加でつながりにくくなりイベント運営全体にも支障が出てしまうこと。

Starlinkを導入する前の2022年のイベントでは、通信の混雑によって話した言葉が途切れ途切れに伝わってしまうなど、スタッフ同士の円滑なコミュニケーションができずイベントが崩壊しかねない危機を味わったそうです。

もう1つは、コロナ禍以降に急増したスマートフォン決済の利用などができなくなることです。最近では飲食やグッズなど、イベントでの決済にもスマートフォン決済が用いられることが増えており、とりわけ若い人が多く訪れるイベントではそれらが利用される割合が高いと考えられます。

それだけに、スマートフォン決済を円滑にするためのトラフィック対策も重要となっているようです。とりわけ今回のイベントでは飲食関連のエリアが増えたこともあって、Starlinkの台数を3台から11台に拡大。さらにWi-Fiスポットも決済用と来場者の通信用とで明確に分けるなどして、対策を進めてきたとのことです。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第128回

    今回のイベントでは前年と比べ飲食関連のブースが増えたことから、スマートフォン決済を円滑にするためにもStarlinkの設置台数を増やしているとのこと

もちろん会場ではStarlinkだけでなく、携帯各社が移動基地局車などを出動させてネットワーク対策に当たっています。

その多くを見ると、主として飲食などのエリアをカバーするようアンテナを向けている傾向にある印象で、やはりスマートフォン決済を滞りなく済ませられることに重点を置いた対策を打っているという感じです。

それ以外のトラフィック対策にも移動基地局車が用いられており、KDDIの場合会場内の3カ所に5G対応の移動基地局車を設置、2023年比で1.6倍の通信容量を実現したようです。

移動基地局車でもKDDIは新たな取り組みを実施しており、具体的にはMassive MIMOに対応した3.7GHz帯のアンテナと、ミリ波に対応した28GHz帯のアンテナを、それぞれ1台ずつ搭載してトラフィック対策の効果を比較していました。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第128回

    KDDIは会場内の3箇所に移動基地局車を設置、モバイル通信のトラフィック対策にも力を入れている

ただ筆者が訪れた時点では、Massive MIMOはトラフィック対策に確実な効果がある一方で、ミリ波によるトラフィック対策の効果はほとんど見られないとのことでした。それゆえ、今後は比較結果を踏まえた上でミリ波からMassve MIMOへのアンテナの置き換えを進めていく考えも示されていました。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第128回

    移動基地局車のうち1台に搭載されていた、Massive MIMOのアンテナ。多数のアンテナ素子とビームフォーミングによるMassive MIMOの効果が、人が多い会場内では明確に表れていたようだ

これら新技術などによる対策が進むことで、大規模イベントでも常時安定したモバイル通信が実現できそうな印象も受けるが、そこにはまだ多くのハードルもあるようです。

ROCK IN JAPAN FESTIVALの運営側の説明によると、Starlinkの導入コストは決して安くないとのことで、手軽に多くの設備を導入できる訳ではない様子です。

また、これだけの対策を打ってもなお、混雑する会場の中でも一層多くの人が集まって通信をする、ライブ前後のステージなどは費用対効果が悪くトラフィックの対策がしきれないとのことです。

その一方で、動画の利用が増えるなどして来場者のトラフィックは拡大が続いているだけに、大規模イベントでより安定した通信を実現するには一層の技術革新が必要といえそうです。