経済産業省は2024年1月30日、NTTが主導する次世代通信ネットワーク構想「IOWN」の実現に向けた複数の事業を、「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」に採択したことを発表、研究開発におよそ450億円を支援することを明らかにしています。→過去の「次世代移動通信システム『5G』とは」の回はこちらを参照。

採択された事業によって、IOWNが何を実現しようとしているのか、国が何を求めているのかを改めて確認してみましょう。

IOWNの光電融合でコンピューターの要素を分散化

NTTが主導して研究開発が進められている、光技術を活用した次世代のネットワーク構想「IOWN」。IOWNの概要やその実現に向けた取り組みについては本連載でも何度か触れていますが、2024年1月末、そのIOWNの実現に向け大きな動きが1つ起きています。

それは、経済産業省が新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」として3つの事業を採択したこと。そして、この3つはいずれもIOWN構想の実現に大きく影響するものとなり、より具体的には「オールフォトニクスネットワーク」(APN)による「ディスアグリゲーテッドコンピューティング」を実現するための取り組みとなるようです。

APNはIOWNで最も注目されている要素であり、要はネットワークのすべての部分を光通信で処理するというもの。

従来のネットワークでも光ファイバーは用いられているものの、その途中で経由するパケットスイッチなどの機器は電気信号でデータを処理するため、それがボトルネックとなって通信速度を落とし、消費電力を増やす要因となっていました。

そこでAPNでは、電気を使っていた処理を可能な限り光に置き換える「光電融合」により、ネットワークだけでなく途中の機器でも光を用いてデータ処理します。これによって電気によるボトルネックをなくし、通信速度の高速化や低遅延、低消費電力などを実現しています。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第114回

    オールフォトニクスネットワーク(APN)は、従来電気信号処理が用いられていたネットワークの途中にある機器にも光技術を導入し、ネットワークの入口から出口までを光ネットワークで直通することで高速化や低遅延を実現するもの

そして、ディスアグリゲーテッドコンピューティングは、光電融合の技術によって従来のCPU主体で動作するコンピューターのアーキテクチャを大きく変えるもの。

従来のコンピューターは1つの“箱”にCPUやメモリ、GPUなどを搭載し、それを多数用意して同時に動かすことで処理性能を高めてきました。

しかし、光電融合により、通信の大部分を光に置き換えることで遅延が劇的に小さくなり、データがどれくらいの速度で届くのか保証できるようになります。

それを活用してCPUやGPUなどのリソースを1つの“箱”に収める必要なく、離れた場所に分散して配置し、処理に応じて必要なリソースを必要なだけ用いてコンピューターを構成できるようにすることで、効率化を図るのがディスアグリゲーテッドコンピューティングになります。

それゆえ、ディスアグリゲーテッドコンピューティングでは、使っていないリソースを停止して電力消費を抑えることも可能。これにより、従来のコンピューターと比べ電力効率が8倍と、大幅な低消費電力を実現できるとされています。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第114回

    ディスアグリゲーテッドコンピューティングは、APNなど光の技術をコンピューターにも取り込むことで、コンピューターの構成要素を分散化してより効率を高められる仕組みだ

強まる国の期待と関与、国際化とのバランスをどう取るか

そして、今回NEDOに採択された3つの事業は、いずれもディスアグリゲーテッドコンピューティングの実現に向けたものです。より具体的に言えば、2028年以降に実現するとしているチップ間接続の光化に向けた研究のようです。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第114回

    IOWNではすでに、データセンタ間の接続を光化する光電融合デバイスを実現。2025年度以降にはボード間の接続部分、2028年度以降にはコンピューターのチップ間の接続を光化し、最終的にはチップ内も電気信号から光に置き換えることを目指すとしている

1つ目は、コンピューターのチップ同士を光で接続するのに必要な「光チップレット」を実装する技術。NTTグループで唯一ハードウェア事業を手掛けるNTTイノベーティブデバイスらと共同で開発が進められるものになります。

2つ目は「光電融合インタフェースメモリモジュール技術」で、ディスアグリゲーテッドコンピューティングに必要なメモリプールの実現のためにテラビット級の高速光信号と、低速のメモリチップを接続する「Photonic Memory Gate」を研究開発するとしています。こちらは国内でメモリに関する技術を持つキオクシアと共同で進められるものとなるようです。

そして3つ目は、分散して配置されたデータ処理手段を、遅延を確定した状態で接続する「確定遅延コンピューティング基盤技術」で、こちらはNECや富士通との共同研究となっています。ディスアグリゲーテッドコンピューティングではAPNによる遅延の確定が重要になってくるだけに、データがいつ届くのか分かるネットワークを実現するのが目的といえるでしょう。

  • 次世代移動通信システム「5G」とは 第114回

    「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」に採択された3つの事業。ディスアグリゲーテッドコンピューティングの実現に向けた、チップ間への光電融合の導入や、遅延を確定できるコンピューティング基盤などに関する研究が主となるようだ

IOWNはこれまでにも、APNの技術研究に関して情報通信研究機構(NICT)の委託や助成を受けていますが、それに加えて今回NEDOの委託や助成を受けたことが、IOWNの研究開発にプラスに働くことは間違いないといえます。

それは5G、さらには6Gといったモバイル通信の進化にも大きく影響する可能性があるだけに、今後の研究開発の動向には大いに注目が集まる所です。

ですが現状、より注目がなされているのは日本政府のIOWNに対する関与と期待がより大きくなっていることではないでしょうか。

IOWNは従来のIPベースのネットワークから、日本主導で大きなゲームチェンジを図る技術として打ち出されており、現状では世界的存在感がゼロに等しい状況にある日本の通信産業を、IOWNで復興させたい考えが政府にはあるといえそうです。

ただNTTは、IOWNの普及に向け米国に「IOWN Global Forum」を設立、世界中から会員企業を募り、国際標準規格とすることを目指して世界展開にも力を入れている状況でもあります。

IOWNもその普及に向けては、日本企業に明確な利をもたらすことと、世界各国から支持を得ることのバランスが求められているだけに、政府の支援が国内企業に閉じていることへの是非なども問われる所かもしれません。