トランプ氏が圧勝した2024年の米大統領選挙。トランプ氏が勝ったというより、カマラ・ハリス氏が負けた……、物価高、違法移民問題など、国民の懸念を現政権の副大統領であるハリス氏が克服できなかったのが最大の敗因と見られています。

しかし、そうした懸念の存在を含めて、選挙前にメディアは大接戦になると予想していました。それなのに、なぜこれほどの大差になったのでしょうか?振り返ると、トランプ陣営の戦略が功を奏した選挙だったといえます。

具体的には、インフルエンサーの影響力を利用したトランプ陣営の選挙キャンペーンに、伝統メディアを通じてメッセージを届ける旧来のキャンペーンにこだわったハリス陣営が完敗した選挙でした。

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    投票日の夜には、さまざまな場所で開票速報のパブリックビューイングが行われましたが、短時間でトランプ氏勝利が見えてきた今回は深夜を待たずに終了しました

当初はハリス氏の優勢が伝えられていた

10月末にトランプ氏はCBSを提訴しました。報道番組「60 Minutes」などハリス氏が出演した番組で、選挙で民主党有利に傾けるようにハリス氏のインタビューを編集したと主張しています。

そのころ、米国の報道番組で取り上げられるトランプ氏の話題は失言やトラブルばかりで、テレビの報道からはハリス氏の勢いが伝わってきました。それは日本での報道も同様だったと思います。

しかし、それは放送メディア世代の印象であり、テレビからニュースを得なくなった世代の意見は異なりました。

2016年の選挙でTwitter(現X)を活用して効果的にメッセージを広めたトランプ氏は、今回の選挙ではインフルエンサーやクリエイターと多くの時間をともにしました。特に差が現れたのが人気ポッドキャスト番組への出演です。

トランプ氏は「Impaulsive」(ローガン・ポール氏)、「All in Podcast」(投資や起業の観点から、現代の社会や経済の課題について深く掘り下げる人気番組)、「This Past Weekend」(人気子メディアン、テオ・フォン氏がホストを務める)、「The Joe Rogan Experience」(ジョー・ローガン氏)など、20以上の番組に登場し、その半分近くは10月に行われました。人気ホストとの長時間にわたる対話に、選挙戦の多くの時間を費やしました。

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    「The Joe Rogan Experience」に出演するトランプ氏(PowerfulJREより)

対照的に、ハリス氏のポッドキャスト出演は「Call Her Daddy」(アレックス・クーパー氏がホストを務める、恋愛/セクシュアリティ/ライフスタイルを主テーマにした番組)など4番組のみで、「60 Minutes」や「The View」(ABC)といった伝統メディアを通じて、より多くに声を届けることに努めていました。

新鮮さを失ったハリス氏のキャンペーン

以前は多くのクリエイターが、他の視点を持つファンを遠ざけないように、政治や時事問題について語ることを避けていました。今でも避けている人たちが少なくありませんが、新型コロナ禍以降、ワクチン問題やブラック・ライブズ・マター運動、ウクライナやガザ地区での紛争など、社会問題について語り始めるクリエイターが増えています。

例えば、フードクリエイターのジェレミー・ヤコボヴィッツ氏は、2020年にバイデン氏のキャンペーンに協力し始め、それにより数千人規模でフォロワーを失いました。しかし、残った視聴者とのつながりが深まったと述べています。

最近ではヤコボヴィッツ氏のように、ファンとの共感を重んじるクリエイターが増加しています。トランプ氏はそのつながりの価値を認識していたのでしょう。大物インフルエンサーだけではなく、若いストリーマーやYouTubeグループとも積極的に関係を築きました。

一例として、エイデン・ロス氏やNelk Boysなどです。ロス氏は、息子のバロン・トランプ君がファンで、彼からの助言で関係を築いたとされています。

ポッドキャスト出演などを通じて、トランプ氏は「bro vote」と呼ばれる有権者層にメッセージを届けることに成功しました。bro voteとは、仲間(bro)と感じる候補者や政党に投票する層を指すネットスラングです。

この選挙では、特に保守的な価値観を持つ若年男性を中心に、感情的な共感や個人的な魅力にもとづいて投票する傾向が広がりました。彼らは、スポーツイベントや音楽イベントなどで有権者登録の呼びかけを行い、それに応えるようにトランプ氏は選挙戦の限られた時間の合間に、スイングステートでフットボールの試合観戦に登場しました。

民主党もインフルエンサーを軽視していたわけではありません。むしろ重要性を認めており、8月の民主党全国大会には200人以上のインフルエンサーを招待していました。

それが大会の熱狂的な盛り上がりにつながり、ハリスを支持するヤシの木のミームやBrat SummerミームがTikTokやソーシャルメディアに溢れ、バイデン氏が候補だったころに引き離されていた支持率でリードを奪うことに成功しました。しかし、その後、ハリス氏のキャンペーンは新鮮さを失っていきました。

インフルエンサーを有効的に活用したトランプ氏

カリフォルニア州の司法長官というキャリアを持つハリス氏は慎重な政治家であり、トランプ氏のようにソーシャルメディアを利用することはありません。放送メディアにおいて失言を指摘されることは少なく、ビヨンセやレディー・ガガといった多くのセレブからの支持を受けました。

従来の大統領選挙では、試合を通して失点を最小限にする「守りの選挙」が勝つための常道であり、ハリス陣営はそのプレイブックに従って選挙戦を展開しました。しかし、若い有権者への影響力は限定的でした。

対して、トランプ陣営は失点を恐れず、Bro voteの獲得という大量得点回を作る「攻め戦略」に徹しました。この違いが投票結果に表れ、Wall Street Journalによるとトランプ氏は18~29歳の男性層を13ポイント差で制しました。前回選挙ではバイデン氏が15ポイント差でリードしていた層です。

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    トランプ陣営の勝利宣言セレモニーでスピーチする総合格闘技団体UFCのCEO兼社長のディナ(ダナ)・ホワイト氏、同氏がトランプ陣営のインフルエンサー戦略に大きく貢献したと言われてます(@realDonaldTrumpより)

今回の大統領選挙の結果は、現代のメディアが抱える根本的な問題を浮き彫りにしました。以前はメディアがパイプを管理し、有権者に正しい情報が届くようにコントロールしていました。文字通りゲートキーパーであり、有権者とつながるために候補者はメディアとうまく対話する必要がありました。

しかし、インターネットは自由につながれるパイプです。自分が望む人物に直接言いたいことを伝えられます。トランプ氏は突拍子もないことを言い出したり、間違った発言もします。

伝統メディアで鍛えられた人にとって、それは非常識の極みです。しかし、そんなざっくばらんなメッセージを主張し続けられ、共感する人に届けられるのがインターネットなのです。

選挙直前の「ハリス候補がわずかに有利」という伝統メディアの予想は、ある意味で正しかったのかもしれません。しかし、それは前世代のプレイブックにもとづいた予想でした。

トランプ陣営は、ポッドキャストへの出演やスポーツイベントへの参加など、若年層の関心を集める活動を通じて、伝統的には政治参加が少ないとされた層を取り込み、番狂わせを実現しました。現代のどぶ板選挙による勝利だったのです。