生成AI技術に対するハリウッドの関心は高く、積極的な活用がすでに始まっている。しかし、それらの多くは非公表で採用している。知らされていないことを不安に感じる視聴者が生成AI利用に対する嫌悪感を強め、「生成AI狩り」と呼べるような反応が起きている→過去の「シリコンバレー101」の回はこちらを参照。。
ドキュメンタリーに「生成AI」を用いることの是非
昨年11月に脚本家・俳優のストライキが終了して、ハリウッドにおけるAI問題は一段落した。しかし、これは映画・TV産業にAIが起こすインパクトへの対処の始まりに過ぎない。
映画やTV番組の製作者はAIの利用に積極的であり、すでに私たちが視聴しているさまざまな作品に生成AI技術は用いられている。そして、それを知らされていないことを不快に思う人が少なくない。間もなく夏の映画シーズンが始まるが、米国では生成AIを巡る製作者と映画ファンの意見の衝突が拡大している。
Netflixが4月にリリースした『What Jennifer Did』に、生成AIが生成したと思われる画像が使用されていると指摘され、実録ドキュメンタリーに生成AIを用いることの是非が議論になった。
また、HBO(ホーム・ボックス・オフィス:アメリカのケーブルテレビ局)の『True Detective』でも、リリース後すぐに、エピソード内でAI生成によるポスターが使われていると話題になった。
さらに、ホラー映画『Late Night With the Devil』に生成AIによるアートが含まれていることが判明し、それに対して脚本と監督を担当したキャメロン・ケアンズ氏とコリン・ケアンズ氏がグラフィックスおよびプロダクションデザインのチームを擁護する発言をしたため、多くのホラーファンが失望のコメントをX(旧:Twitter)に残した。
「小道具のポスター1枚だから」と許していたら、やがてあらゆるものがAIで創られるようになるという危機意識は分かる。AIの利用を明確にすべきという業界全体の合意があり、生成AI技術を開発する企業はぞれぞれにラベル技術に取り組んでいる。
だが、AIの使用が制限されているわけではないし、AIが創作過程に用いられていることを「いつ、どこで、どのように視聴者に伝えるか」を規定する法律や基準もない。今の視聴者の反応は問題意識を超えて、過剰に敏感になっているところがある。
流行する「生成AI狩り」
災害や感染症の流行に伴う外出自粛や営業自粛の際、自粛に応じない個人やビジネスを私的に取り締まったり攻撃したりする行為がネット上で見られた。不安感は偏った正義感を増幅する。
今の「生成AI狩り」と呼べるような視聴者の反応も、私たちが日々見ている映像やメディアが本物ではないという不安感によるものと指摘されている。どのような場合でも視聴者はだまされることを不快に思う。生成AIに関しては、不気味さや恐怖すら覚えている。
そうした対立がよく現れていたのが、今年のSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)だった。24の異なるトラック、何百ものパネル、ワークショップ、トークセッション、ミートアップセッションで、AIがメイントピックになった。
シリコンバレー企業を含む技術側の人々は、生成AIは生産性と効率性を向上させて「映画製作を民主化する」と主張した。しかし、SXSW映画祭のコミュニティはカンファレンスで語られる技術革新に懐疑的だった。
スタントマン出身の監督がスタントマンをテーマにしたアクション映画『The Fall Guy』が、今年のSXSWでプレミア上映されたのは象徴的だった。プレミア上映で、SXSWでのAIに関するセッションの総集編が流され、そして満席の観客からパラマウント・シアターを揺るがすようなブーイングと罵声が上がった。
しかし、映画・TV製作におけるAIの侵食が止まることはないだろう。フィクションと現実の境界線があいまいな映画・TV産業は他の産業と比べて生成AIとの親和性が高い。そもそも、私たちがTVや映画で目にするもののほとんどは、すでに人と機械の共同作業である。特殊効果やデジタル編集を導入してきたハリウッドにとって、新しい技術を取り入れるのは通常作業であり、生成AIはその最新のものに過ぎないのだ。
映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の監督、ダニエルズのダニエル・クワンが、SXSWで映画産業におけるAIについて次のようにコメントした。
「(AIは)魔法であり、ガンを解明し、なんらかの解決策をもたらすパワフルなものである。しかし、この新しいストーリーに恐怖も感じる」
「副作用がなく素晴らしいものだと誰かが言ったとしても、それは恐ろしいデタラメだ。私たちはこれを慎重に導入する方法について考えなければならない」
今ハリウッドでは多くの人がAIに先んじようとして「追いかけている」。人々の恐怖をやわらげるハリウッドによるソリューションとは、利用を自粛することでも、批判をかわす注釈(日本のバラエティ番組の「この後スタッフが美味しくいただきました」のような)を入れることでもない。
作品を通して技術の価値を示すことだ。『ターミネーター2』や『ジェラシックパーク』、『アバター』といった作品が、VFX(デジタル特殊効果)、CGI(コンピュータグラフィックス)、ステレオスコピック3D技術、仮想撮影技術などに対する人々の壁を取り払い、新たな映画作品を創造した。それらに匹敵する、インパクトのある作品の登場が待たれる。
個人的には、この秋に米国で封切られるロバート・ゼメキス監督の『Here』が楽しみだ。ゼメキス監督とトム・ハンクスの再タッグであり、AIによる特殊効果でトム・ハンクス自身が若い頃を演じる。
すでに「未来のトム・ハンクスになる可能性がある若い役者の仕事を奪っている」という批判もあるが、観る人に技術を意識させず、最先端の技術で印象的なシーンを作ってきたゼメキス監督である。そこにAIを使う価値を作品で納得させてくると期待したい。