「Humane AI Pin」が出足でつまづいてしまった。米国のテック系YouTuberのトップ、MKBHDは「過去レビューした中で最悪の新製品」と酷評。次世代モバイルデバイスの期待も高まっていたAIウェアラブルデバイスの将来に暗雲が垂れ込めてきた。→過去の「シリコンバレー101」の回はこちらを参照。

大失敗に終わったHumane AI Pinのデビュー

ChatGPTブームを背景に、対話型AIを取り入れたAIデバイスへの注目が高まっている。Open AIのサム・アルトマン氏が元Apple最高デザイン責任者のジョナサン・アイブ氏とハードウェアプロジェクトを進めているという噂もあり、「スマートフォンに代わるデバイスになるか」という期待も高まっている。

そうした中、米HumaneのAIウェアラブルデバイス「Humane Ai Pin」の出荷が始まった。1年前にTED Talkで行ったプレビューが話題になり、次世代のAIデバイスの先駆けとして注目を集めていたAIデバイスである。 結果からを言うと、Humane Ai Pinのデビューは大失敗に終わった。ほとんどのレビューで酷評され、Humaneに対する期待が、穴が空いた風船のように急速にしぼみ、大きな失望に変わってしまった。

  • Humane Ai Pin、発売後のレビューでは、反応の遅さ、不正確な回答、不安定なバッテリー持続時間、プロジェクター機能の見づらさなどが指摘された。

    Humane Ai Pin、発売後のレビューでは、反応の遅さ、不正確な回答、不安定なバッテリー持続時間、プロジェクター機能の見づらさなどが指摘された。

そこから、米国でテックレビューに関する論争が広がっている。Microsoft ZuneやGoogle Glassなど、過去にも発売前に大きな期待を集めたものの、発売後に失望を買ったデバイスは数多く存在する。だが、Humane Ai Pinほど一瞬で転げ落ちた例はない。

その要因として、インフルエンサーや独立系メディアが大きな影響力を持ち始めたことが指摘されている。中でもHumaneのレビューでは、米国のテック系YouTuberのトップ、MKBHDことマルケス・ブラウンリー氏のレビューが強烈な反応を起こした。

Humane AI Pinは「最悪の新製品」?

彼のレビュー動画のタイトルは「私がレビューした中で最悪のプロダクト……今のところ」であり、動画内でも開始から41秒までの間で「最悪の新製品」と断じている。その辛辣な表現に、アレックス・フィン氏は「MKBHDは41秒で会社を破産させた」(注:Humaneは破産していない)、「この動画はHumaneの墓石となるだろう」と投稿し、ピーター・レベルズ氏は「MKBHDはHumane Pinに最後の一撃を与えた」と批判した。

ただ1本のYouTubeレビューであるが、MKBHDのチャンネル登録者数は1880万人、Humane Pinのレビュー動画の再生数は2週間で700万回を超えた。MKBHDに「最悪の新製品」の烙印を押された負のインパクトは大きい。

「1800万人ものチャンネル登録者を持つ人物のそのような発言は不愉快であり、倫理に反しているともいえる。MKBHDは市場に大きな影響を与えている。1人の人間が会社の株価に影響を与えることができるのであれば、通常その人物が発言する内容やタイミングは制限されるものだ。MKは(今のところ)制約のない力を持っていることを認識すべきだ」(ダニエル・バサロ氏)

人気YouTuberのレビューとしてMKBHDのレビューが不条理な内容だったのかというと、私も公開後すぐに視聴した1人だが、バイアスやHumaneを貶めるような意図は感じられず、個人的には公正なレビューだと思った。以下はMKBHDのレビューの冒頭部分である。

「これがHumane Ai Pinだ。超未来的なウェアラブル・コンピューターという、実に興味深い新しいフォームファクタの新製品である。このようなクレイジーなガジェットやVision Pro、ウェアラブルグラスであふれている時代、純粋に新しい第1世代の製品を数多く手に入れることができるのは、とてもうれしいことだ。

だが、残念なことに、私がこれまでレビューしてきた製品の中で、今のところ最悪の新製品である。現状では、悪いところが多すぎる。実際、あまりにひどいので、実際に見ていくとこのデバイスのポイントが何なのか理解するのに邪魔になると思う。まずは、このデバイスが何であり、何をするものなのかを説明し、それから私が実際に使ってみた感想を紹介しよう」

Humaneのビジョンを説明した上で、そのビジョンの課題や初代Humane Ai Pinの不十分な点を指摘し、また将来のソフトウェア・アップデートによって体験が改善できる可能性があることも認めている。「最悪の新製品」という表現のインパクトが強烈なレビューではあるが、内容は妥当である。

MKBHDは視聴者に対して誠実なレビュワーである。たとえば、AppleがM2 MacBook Airを発表した際、ハンズオンレビューで新色ミッドナイトの深みのある色合いを絶賛する声であふれる中、ブラウンリー氏は指紋の跡が付着しやすい問題点を強く指摘していた。

視聴者のために視聴者の利益になる情報を提供する姿勢が評価され、1900万人近くのチャンネル登録者を持っている。Humane Ai Pinは価格が699ドルであり、毎月24ドルのサービス料金がかかる。

AIウェアラブルを今体験できる価値はあるものの、ソリューションとしては不十分であり、一般の消費者がそれほどの金額を投じる価値は今のHumaneにはない。それを伝えることで、視聴者が散財する可能性を防いでいる。

視聴者側とメーカー側で分かれるテックレビューの世界

このテックレビューの論争が広がっているのは、テックレビューの世界にはもう一方の側が存在するからだ。メーカー側に立ち、メーカーが伝えたいことを重んじるレビューである。Linus Tech Tipsのライナス・セバスチャン氏は、テック系の中には過去の動画をメーカーに提出してブランドセーフであることをアピールし、メーカーとの関係を築くYouTubeチャンネルがあると指摘している。

これは、どちらが良い悪いということではない。視聴者に軸足を置いたレビュワーは製品に対して批判的になりやすいし、メーカーに軸足を置くことが必ずしも忖度を意味するわけではなく、信頼関係を築いているからこそ、視聴者に有益な情報をメーカーから引き出せる。どちらの側であっても、価値のある情報を提供できるかどうかで、独立系メディアとしての実力が問われる。

酷評を受けたHumaneの反応はというと、同社はブラウンリー氏に対し、「正直で堅実なレビューであり、良い点も悪い点も公正で妥当な批評だ。フィードバックはギフトであり、私たちは反省し、耳を傾け、学び、作り続ける」というメッセージを送っている。

AIウェアラブルだけではなく、今後行われるスマートフォンへの対話型AIの統合を含め、AIデバイスを巡る開発競争はしばらく混沌が続くだろう。アイデアを形にしながら新しい市場を開拓する時期は、そういうものである。

スマートウォッチも初期のころは、Sony SmartWatchやPebble、Samsung Galaxy Gearなど、酷評された製品やニッチな成功にとどまった製品によって少しずつ市場が形成され、現在の安定した状況に至った。今は未完成なAIデバイスが出てくる時期なのだ(それを体験するニーズがある)。

ブラウンリー氏は4月30日に対話型AIデバイス「Rabbit R1」のレビュー動画を公開しており、それもキビしい内容であった。その中で同氏は視聴者に対して、「前回にも言いましたが、現在の製品に基づいて購入を決めてください……将来の約束ではなく。その約束がとても大きいため、このカテゴリー(AIデバイス)ではそれを心に留めておくのが難しいのです」とアドバイスしている。