先週末、米国の家電量販店で「Meta Quest 2」が飛ぶように売れていた。ゲーミングプラットフォーム「Roblox」のMeta Quest 2/Quest Pro用のオープンべータが始まったからだ。Robloxのデービッド・バズッキCEOによると、アプリ開発者向けのべータにもかかわらず、最初の5日でダウンロード数が100万件を超えた。
日本ではプレイヤーが少ないためピンと来ないと思うが、欧米でRobloxは小中学生の間で「Minecraft」と肩を並べる人気を誇る。特にまだSNSを利用できない年齢の子供にとって、Robloxが友達とのオンラインでのコミュニケーション手段になっている。
米国では夏休みに入って1カ月半が経過し、家で過ごす子供を持て余し気味になってきた親の財布がゆるむ頃合いであるのも子供達に味方した。ウチの子供のケースを紹介すると、いつも一緒にRobloxで遊んでいる20人ぐらいの同級生のうち、Meta Quest 2を持っていたのはウチを含めて3家庭だけだった。いずれも親のもので、子供のガジェットではなかった。
それがRobloxの登場で一変。すぐに3家庭が子供のおねだりに陥落。貯めていたおこづかいをはき出して自分で購入した友達が2人。あっという間に子供のVRコミュニティができてしまった。そうなると、最初は拒否していた家庭でも、しつこくねだる子供に「〜するなら買ってもいい」と条件をつけるなど譲歩せざるを得ない。
Meta Quest 2はVRヘッドセットのトップセラーだが、それでもガジェットに関心がある人たちの範囲を超えたヒット商品ではなかった。しかし、Robloxの登場によってMeta Questに関心がなかった家庭にもVRヘッドセットが浸透し始めた。これまでになかった売れ方であり、メタバースを「ソーシャルテクノロジーの次なる進化」とするMetaとRobloxの相性の良さが伝わってくる。
-
RobloxのDAU(Daily Active User)は6,600万人以上。モバイルデバイス(iOS、Android)、PC、Xboxで遊べるクロスプラットフォーム環境に、Meta Quest 2/Quest Proが加わった(Quest 3にも対応予定)。
Robloxは「ゲーム版のYouTube」と呼べるようなゲーミングプラットフォームだ。マルチプレイ対応のオンラインゲームを作成して公開でき、それらを基本無料で遊べる。そしてプレイヤー同士のコミュニケーションが可能。一昨年ごろからサービスをゲーミングと表現するのを止め、例えばホストしているコンテンツを「ゲーム」ではなく「エクスペリエンス」と呼ぶなど、ゲーミングプラットフォームをベースとしたメタバース環境の構築を目指し始めている。
人生で初めてのめり込んだゲームがRobloxで、毎日Robloxで長い時間を過ごしている子供がMeta Quest 2でRobloxをプレイする様子を観察していると、この世代はすでにメタバース世代なのだと実感する。
初めてのVRヘッドセットでコントローラの操作に戸惑っても、普段から現実の友達と3D世界のRobloxに行って雑談しながら一緒にゲームをしているので、仮想空間で友達と遊ぶことに迷いはない。サインインしてすぐに仮想空間で自然と交流できる。
仮想世界では見た目や服装が現実と同じぐらい重要であり、そこで親世代は戸惑い、がんばってみてもすぐに"noob"(初心者)と見抜かれてしまう。普段からRobloxで活動している彼らはコミュニティの慣習を熟知した上で独自のファッションセンスを発揮する。また、普段からRobux(Robloxのデジタル通貨)を使ってデジタル商品を購入し、Robuxを稼でもいるのですでに資産持ちであり、それを活用するアイディアも豊富だ。何をやっているのかを質問しても、子供達はRobloxで起こっていることを親世代(つまり私達!)は理解できないと思って聞き流すだけ。20年前に私達の親が「インターネット」という新しい場所で、私達が一体何をしているのかを理解していなかったことを思い出す。
Robloxコミュニティが加わることは、新たなQuestユーザーを獲得できる以上にQuestプラットフォームにとって強い追い風になりそうだ。子供は面白ければ、VRヘッドセットを被ることを面倒くさがらないし、恥ずかしがらない。だが、しかし……だ。
Robloxのオープンベータ版をプレイして不快感やVR酔いを訴える子供が少なくない。Appleは「Vision Pro」で、センサーとディスプレイ間の通信遅延を12ミリ秒以下に抑えて、VR酔いの原因の1つであるラグのない快適な体験を提供しようとしている。ただし、同製品は3,499ドルと高額なデバイスになる。Meta Quest 2は299.99ドルからと手頃なデバイスであり、それなら多少の不快感は「仕方ない」と私達は納得する。
しかし、子供達はそうではない。それが"メタバース的なもの"と自覚せずに、豊富なコンテンツ、独自の経済、そして内部での便利なコミュニケーション方法を備えたエコシステムですでに毎日長い時間を過ごしている。VRヘッドセットの没入感は大きな魅力であっても、PCやタブレット、スマートフォンですでに存分に楽しめているだけに、"メタバース的なもの"にVRヘッドセットが必要だとは思っていない。モバイルデバイスやPCでの体験と比べてシビアに評価する。
Facebookが「メタバース」という言葉を一般にも浸透させてから約3年経つが、今でも「メタバースって何?」という議論は続いている。専門家がどのように定義するにせよ、最終的にはユーザーによって形成されるものがメタバースになるのだろう。であるなら、すでにメタバース的なライフスタイルを築いているRoblox世代はメタバースの今後を左右する存在になる。
彼らによってVRヘッドセットが支持されれば、VR/ARの大きな転換点になりそうだ。オープンべータの段階でこれほどの関心を集められているのだ。2023年秋発売予定の「Meta Quest 3」の体験がRobloxユーザーの期待に応えられるものになれば、Robloxの正式版がVRヘッドセットのキラーコンテンツになる可能性は高い。しかし、そこで失望させると、メタバースの主流争いにおいてVR/ARが大きく後退することになる。