「禁書」という時代錯誤な動きが今の米国で社会問題化している。学校や公立の図書館の蔵書が検閲され、次々に本が撤去されているのだ。
American Library Association (ALA)によると、2022年に2,571タイトルが検閲の対象になった。これは前年比38%増だ。Pen Americaによると、2022~23年度の上半期に学校の図書館で1,477件の禁止図書が報告され、874タイトルに影響が及んだ。これは前年同期比28%増。2021~22年にすでに禁書の増加が目立っていたが、今年はさらに加速している。
背景には保守とリベラルの二極化、価値観の対立があり、性的マイノリティーを扱った本、有色人種の作家による批判的人種理論の本、LGBTQがテーマになっている本などが特に検閲の対象になっている。例えば、ノーベル文学賞作家トニ・モリソンが1970年に発表した作品『青い眼がほしい』(The Bluest Eye)だ。白人に憧れて青い眼を持ちたいと願う黒人少女の葛藤を描いた。白人主体の価値観を問う内容だが、肉親による性的暴行のシーンが問題視された。しかし、性的・暴力的な表現が直接的な理由になっていても、図書館から撤去されるまでの実際の議論の内容は価値観の対立に終始していた。保守派は「リベラルな価値観に子供や若者が感化される」とし、リベラル派は「禁書は保守的な価値観の押しつけ」と反発している。
保守とリベラルの文化戦争に起因しているため、禁書は保守派が多い32州に偏っている。蔵書の選定についてはALAがガイドラインを示し、各図書館で決めるが、実際には各自治体の組織が決める方針に従う場合が多い。例えば、学校の図書館の蔵書には各地の教育委員会の判断が反映される。PEN Americaによると、今年上半期に報告された図書禁止1,477件のうち、74%が支持団体から選出された議員、または制定された法律による組織的な取り組みの影響を受けている。子供や若者が触れられる本を分類し適切に提供する必要性は誰もが認めるところだが、今加速している図書館での禁書については組織的な政治キャンペーンの影響が色濃い。大統領選挙が近づいていることも影響している可能性がある。
公共の図書館や学校図書館の公平で包括的、安全なサービスを巡って、学者、教育者保護者、そして学生たちを中心にさまざまな議論を広がっており、6月にはイリノイ州が図書館の不適切な禁書を罰する法律を可決した最初の州になった。政治的または教義的な不同意から図書を禁じる場合、その公立図書館への州の補助金を停止する。カリフォルニア州でもギャビン・ニューサム州知事、ロブ・ボンタ司法長官、トニー・サーモンド州教育長が共同で、同州の教育関係者に図書館から本を撤去しないように注意を促した。教育機関が教材を撤去したり禁止したりする場合、「違法な差別」に該当する可能性があり、司法局による調査の可能性があるとしている。
では、直接的な影響を受けるティーンエイジャー達はどのように反応しているかというと、大人達のように危機感を露わにはしていない。「本なんて読まないから」……ではない。NPDグループによると、2021年の年間書籍印刷部数は8億2,570万部、前年比9%増、2019年比19%増だった。この急増はNPDが2004年に追跡を開始してから最高だ。コロナ禍を経て本はよく読まれるようになっており、巣ごもり需要が落ち着いてからもそれは続いている。大きな要因の一つがTikTok上の本と文学に関するサブコミュニティ「BookTok」だ。
伝統的なマーケティング手法では売り上げ右肩下がり、書店が急速に減少していた状況から一転、BookTokはゲームチェンジャーとなった。若者が本を発見し、他の読者とつながる新しい方法を提供し、読書を再びクールなものにした。結果、出版業界に新風を吹き込み、実店舗を閉店の危機から救っている。
Instagram、YouTube、Twitterなど他のソーシャルメディア・プラットフォームも利用されているが、TikTokのユニークな機能とアルゴリズムが本に対して効果を発揮している。Instagramは、美しい本の表紙を紹介したり、名言を共有したりするのに最適だが、TikTokのようなエンゲージメントやバイラリティは提供できない。YouTubeは著者のインタビューや書評のような長編コンテンツには便利だが、視聴者が多くの時間を割かなければならず、若い層には必ずしも届かない。Twitterは速報やニュースには適しているが、TikTokのようなビジュアルでインタラクティブな要素はない。
ブリトーのファストフードチェーンChipotleは今年3月、TikTokのインフルエンサーがはやらせたカスタマイズを注文する客で店舗が混乱したことを受けて「Keithadilla」を正式メニューに加えた。Starbuckも、2017年にネットで誕生し、その後TikTokなどでバイラルな人気を保ってきた「Pink Drink」をメニューに加え、4月にはボトル入りバージョンを発売した。TikTokはビジネスがZ世代とコミュニケーションする方法を変えただけではなく、Z世代市場のトレンドを生み出す力を備えており、それが書籍市場にも及んでいる。
BookTokから火がついてNew York Timesのベストセラーリストに載った本がここ数年でいくつもある。E・ロックハートの『We Were Liars』のように出版から10年近く経った作品が再評価されるケースがあれば、発売前に人気を集めた本もある。
図書館で読めなくなっても、BookTokで本に興味を持ち始めた若者はBookTokで紹介された本を探して読む。TikTokは書籍のプロモーションとマーケティング、特にヤングアダルトや児童文学にとって重要なプラットフォームになっている。出版社はTikTok上を通じてこれまでリーチできなかった読者とつながり、リーディングチャレンジ、ブックトーク、ブッククラブなどを展開している。もし米国でTikTokが禁止されるようなことが起こったら、重要なマーケティング・プラットフォームの喪失に出版社や作家は大慌てするだろう。
そこに、私は今の米書籍業界の危うさを感じる。最近、大手書店チェーンには必ずといえるほど、BookTokでバイラリティを獲得した本のコーナーが設けられている。BookTokが完全に本のトレンドセッターになっている。BookTokは本探しにとても便利な方法ではあるが、そこにはまり込んでしまうと、アルゴリズムによって生まれる読書の世界に自分の視野が制限される可能性がある。
ここ数年の書籍販売量の増加、若い世代がより本を読むようになったのは歓迎すべき傾向である。しかし、BookTokの出版業界への潜在的な影響は多面的な問題であり、より詳細な分析が必要である。学校や公立の図書館は、BookTokが生み出すトレンドに対して多様な視点や選書の提案を加えることで、読者により幅広い選択肢と読書体験を提供できる。文化戦争が絡んだ禁書の議論なんてやってる場合じゃないと思うのだ。