Twitterユーザーの間で注目を集めている「青バッジ」問題。これまで企業・組織や本人によるアカウントを示す認証済みチェックマークだったのを、米国などで提供している有料サブスクリプション「Twitter Blue」の契約を示すマークに変更した。結果、青バッジを付けたなりすましが続出。中でも製薬大手Eli Lillyのなりすましによる1つの投稿が時価総額で150億ドル以上に相当する約4.5%の株価下落を引き起こし、大きな騒動に発展した。Twitterはわずか数日で新しいTwitter Blueの提供を一時停止したが、Eli Lillyのなりすましが判断に大きく影響したと見られている。
青バッジ問題について簡単に振り返ると、Twitter買収交渉においてイーロン・マスク氏はボットやスパムの氾濫を懸案としていた。そのため買収後すぐに、増えすぎていた社員の見直し(→大規模レイオフを実施)と共にボット・スパム対策に着手。Twitter Blue契約者に青バッジを提供することでチェックマークを有償化し、かつ青バッジの提供をモバイル・アプリからの契約に限定することでApple IDと紐付け、それによってボットやスパムのような行為を行いにくくした。それはボット対策としては一理だが、認証済みチェックマークには「なりすまし防止」という目的があった。ただ、今の認証は本物を確実に確かめられる仕組みにはなっておらず、なりすましを完全に防げてはいない。一旦仕切り直しても問題はないと考えたのだろう。しかし、なりすまし対策を軽視したリスクはマスク氏の予想以上に大きかった。
青バッジを付けたEli Lillyのなりすましは「インスリンの無料化を発表できることに興奮しています」とツイートした。Eli Lillyはすぐに公式Twitterで投稿がなりすましによる偽情報であることを指摘したが、なりすましの投稿は数時間にわたって残り、その間にインスリンが無料になるという情報が拡散した。
そのままなりすましのアカウント停止で終わっていたら、SpaceXやTesla、PepsiCoなど他のなりすましと同じなりすまし問題として扱われていただろう。ところが、Eli Lillyのなりすまし騒動に、バーニー・サンダース議員(前回の大統領選で民主党候補者指名をバイデン大統領と争った)が以下のようなツイートを投下した。
「はっきり言っていこう。Eli Lillyは、インスリンの製造コストが10ドル未満であるにもかかわらず、1996年から1200%以上も価格を上げ、275ドルにしたことを謝罪すべきだ。インスリンの発明者は1923年に、人々の命を救うために特許を1ドルで売ったのであって、Eli LillyのCEOを不当な金持ちにするためではない」
そこから米国のインスリン価格の議論が広がり始めた。RANDによると、米国以外の経済協力開発機構(OECD)加盟国におけるインスリンアナログ製剤の標準ユニットの平均価格が「9.32ドル」であるのに対して米国は「99.94ドル」。約10倍である。サンダース議員が標準ユニットの価格を275ドルとしているなら高すぎる指摘だが、米国のインスリン価格が桁違いに高い事実に変わりはない。
インスリンの高い価格は糖尿病を患っている人達の間では大きな問題になっていたが、一般的には気づかれていない。サンダース議員のツイートであってもこれが普段だったらこれほどの注目を集めなかっただろう。なりすましによる「無料化」投稿をきっかけに多くの人が興味を持ったことで深刻な問題として議論されるようになった。
きっかけがなりすまし投稿なのに、それをなくしたいイーロン・マスク氏まで議論に参加し、「インスリンの価格は答えが複雑な問題だ。簡潔な答えとしては、1921年(1923年ではない)に発見されたオリジナルのインスリンは安価で25ドルほどである」と反応した。しかし、その後、Eli LillyがTwitterへの広告出稿を停止して青ざめることになる。同社はデジタルやTVの広告に年間1億ドル以上を費やす有力な広告主なのだ。
Eli Lillyのなりすましがインスリン価格問題を正す義賊のように一部から見なされ、Twitterは青バッジと本物認証の問題に慎重にならざるを得なくなっている。
青バッジを提供する新しいTwitter Blueの受け付けを一時停止した後、Twitter Blueのプロジェクトを管理しているEsther Crawford氏が以下のように投稿した。
「イーロンは多くのことを試みようとしています。多くは失敗しますが、いくつかは成功するでしょう。目標は、ビジネスの長期的な健全性と成長の達成するために、成功する変化の適切な組み合わせを見つけることです」
シリコンバレーのWeb企業には失敗を恐れずにトライアンドエラーを試みる精神が根づいている。Twitterもその1つだ。同社が知名度を上げたのは、2007年の音楽/映画/インタラクティブの祭典「South by Southwest」(SxSW)に参加した時だ。会場にツイートを表示するスクリーンを設置し、そして参加者のサインアップを促した。新しいものが好きでテクノロジーへの関心も強いSxSW参加者をコアメンバーに、サーバーが落ちた時にTwitterクジラを表示するなど失敗も含めてユーザーを楽しませながら爆発的な成長を遂げた。
しかし、今のTwitterは失敗を恐れずにトライアンドエラーを試みるには規模も影響力も異なる。
Twitter買収はマスク氏が目指す「自由な言論のプラットフォーム」への近道のように見えるが、ネットの公共性と言論の自由の両立は困難な作業だ。社会の重要なコミュニケーションツールとしての地位をすでに確立しているTwitterが失敗できる余裕は限られる。「自由な言論のプラットフォーム」を求めるなら、Appleのように、事業やサービスをそのまま手にするのではなく、自社の目的に適う技術と人を集めるために買収し、自ら構築し直す手法の方が適していたのではないだろうか。Teslaだって、デラウェア州の小さなスタートアップだったから、初期から投資したマスク氏が存分に失敗しながら電気自動車普及の波を起こすことができたのだ。Fordを買収して同じことはできなかっただろう。