「Wordle」というブラウザゲームをご存知だろうか。英語のワードゲームなので日本ではほとんど話題になっていないが、昨年11月にはわずか90人だったプレイヤー数が今年1月初めに30万人を超え、それから数週間後には週200万人以上がプレイするようになった。Morning Consultが行った調査では、いま米国の成人の14%がWordleをプレイしており(ミレニアルズだと26%)、「2022年の最初のバイラルヒット」といわれている。

Wordleの何が魅力なのだろうか? デザインが秀逸というのもあるが、Wordleはパートナーへのプレゼントとして作られたゲームであり、そのためプレイヤーを増やそうとか、収益を上げるといった欲がない。稼ぐのを目的としたらやってはいけないデザインだらけなのだが、それが逆に人々を惹きつける要素になっている。非常にシンプルなゲームなので、今のような爆発的な人気はそう長くは続かないだろう。でも、これからずっとファンに親しまれ続けていくゲームになりそうだ。そんなWordleの急成長から、正しい製品作りやデザインについていくつかの教訓を得ることができる。

Wordleの遊び方を簡単に説明すると、5列6行の空白のマスがあり、それに5つのアルファベットの単語を入れ、その日のWordle(単語)を推測する。単語を入れられるチャンスは6回。単語を入れると、入れた単語の各アルファベットに色が付く。その色がグレーだと正解に含まれないアルファベット。黄色は正確に含まれているけど位置が異なる。緑色は位置も合っているアルファベットだ。最初は当てずっぽうで入れてみて、色の変化からアルファベットと位置を絞り込んで正解を見つけ出す。

  • Wordleは1日に一つだけ。もっと遊びたくても翌日を待たなければならない

    Wordleは1日に一つだけ。もっと遊びたくても翌日を待たなければならない。

Wordleはブルックリンに住むジョッシュ・ウォードル氏が作った。同氏の名字(Wardle)とWord(単語)を組み合わせて「Wordle」だ。コロナ禍でできた時間を利用して、新聞のクロスワードパズルやワードゲームが好きなパートナーのためにWordleを作った。

Wordleが大ヒットした最大の要因はプレゼントだったことだろう。プレゼントとして何かを作るのは良いものを作る強力な動機になる。Wordleはワードゲームが好きなパートナーただ1人のために作ったゲームだから、ワードゲームとして楽しめることにフォーカスされている。

もちろん、1人の人のために作った結果、他の多くの人が理解できないゲームになってしまう可能性もある。それは逆のケースでも起こり得ることで、稼げるものを目指すあまり、全ての人を満足させようとし過ぎて凡庸なものになってしまうのは、ゲームに限らずもの作りによく起こることだ。Wordleの場合、ワードゲームという一般的に受け入れられやすいカテゴリーだったこともあって、特定のユーザー像を思い浮かべることが創造的な判断にうまく機能した好例になっている。

プレゼントから始まったゲームだから、Wordleにはギフトエコノミーが機能している。一昨年からクリエイター経済が注目を集めるようになり、クリエイターにとって良い状況になっているものの、利益を動機とした創造活動が活発になって、その弊害も見られるようになった。スポンサーを自分の作品に押し込んだ創造物が珍しくない今、ブラウザゲームで非商業的なWordleは奇妙なほど新鮮に感じる。中毒になるようなゲームではなく、さくさくと簡単に楽しめる。Wordleがプレゼントであったことが、他の全てのプレイヤーにとってもギフトになっており、プレイした人はWordleに好感を持つ。もの作りの世界にはお金以外の動機に突き動かされているクリエイターがたくさんいて、そのアイディア、知識や技術を社会に役立ててくれることを思い出させてくれる。

そしてWordleに好感を持った人達が、Wordleをより良くするために協力する。そんなコミュニティの声にウォードル氏は耳を傾けたことが、Wordleをさらに素晴らしいゲームに昇華させた。

例えば、プレイヤーが入力した単語からヒントになる色分けを表示するのは、初期の頃にプレイヤーの1人が手書きで色分けして自分の解法をツイートしていたのがきっかけだった。どのような方法から正解に辿り着くか、その過程がパズルを解く面白さを深めると気づかされたウォードル氏は、それをゲームに取り入れた。アーリーアダプターのコミュニティは時に開発者に見えていない気づきを与えてくれる。Twitterの初期、リツイートやリプライはユーザーコミュニティから誕生した。Twitterの開発チームはその価値を理解してサービスの機能として採用し、それがTwitterの爆発的な成長を後押しした。

  • Googleは「wordle」という単語を検索するとGoogleロゴでWordleが始まるイースターエッグを提供

Wordleに関して、ゲームのオリジナリティに関する議論が広がっている。「マスターマインド」や1950年代の「Jotto」、そして1980年代のテレビ番組「Lingo」などのゲームを取り入れていると指摘されている。

しかし、Wordleが模倣でしかないかというと、WordleはWordleである。過去のワードゲームの面白さをインタラクティブなブラウザゲームに取り入れ、解法をシェアできる今風のエンターテインメントに仕上げている。

では、オリジナルにオリジナリティがあるのかというと、Lingoがライセンスを与えたモバイル・ワードゲームがあるのだが、そのゲームは単語をただ推測させるだけでパズルの深みはなく、しかも長い広告が頻繁に入るプレイヤー視点ではひどいゲームなのだ。それに比べて、WordleはプレイしてみたらWordleならではの面白さを実感できる。

Wordleにモバイルアプリはなく、Wordleが話題になり始めてからApp StoreやGoole PlayにWordleクローンが続々と現れている。Wordleそのままで年額30ドルのサブスクリプションを稼ごうとするなど、それら商業的なコピーキャットにWordleファンの怒りが爆発。1月11日頃にAppleがApp Storeから悪質なWordleクローンを一掃し、Wordleクローンの開発者の1人は「一線を越えていた」と謝罪した

アプリの模倣をどのくらいまで認めるか議論の余地がある中で、Wordleクローンがこれほど素早く厳しく罰せられたのは、Wordleの独創性を人々が認めているからだろう。

「凡人は模倣し、天才は盗む」、ピカソの言葉である。天才と言われる人も最初は模倣から始め、真似をしながら自分のものとするところまで昇華させる(=盗む)。ウォードル氏自身は何も発明してはいないが、同氏は車輪を再発明することなく、ワードゲームを進化させたのだ。