3月25日に米国とカナダでAppleが提供する雑誌・新聞のサブスクリプション型サービス「Apple News+」が始まった。すぐに契約したものの、サービスを試すのが目的であり、すぐに解約すると思っていた。日本以上に米国では雑誌の衰退が激しい。全く読まなくなったわけではないが、病院の待合室に雑誌が置いてあっても、ダウンロードしておいたYouTube Premiumのビデオをスマートフォンで見たり、ポッドキャストを聞いたりしている。雑誌に時間を割く優先度が明らかに落ちている。
ところが、「News+」を使い始めてから一週間、今は雑誌の価値を"再発見"した気分になっている。「News+」には「テレビに対するYouTube」のような面白さがある。その面白さは雑誌を提供するパブリッシャにとってチャンスだと思う。ただし、見方を変えると、「News+」は紙の雑誌に引導を渡すようなサービスである。
「News+」は、iOSとmacOSで提供されている「News」アプリを使って、300以上の雑誌を中心に、Wall Street JournalやLA Timesといった新聞の記事も加えた豊富なコンテンツを月額9.99ドルで自由に読めるサービスだ。dマガジンや楽天マガジン、Kindle Unlimitedのようなサービスを想像する人が多いと思う。そうした使い方もできるのだが、「News+」はそこからさらに踏み込んだ雑誌読み放題サービスになっている。
「News+」の詳細に触れる前に、日本ではまだ提供されていない「News」アプリについて少し説明しておこう。「News」は、ニュースサイトやブログなどから日々のニュース・記事を集めて提供するアプリである。初めて使う時にユーザーは興味のあるWeb媒体や分野を登録する。それをベースに、ユーザーが読んだ記事、ハートを付けた記事などを学習し、利用者個々にパーソナライズしたニュース・記事をホーム画面 (Todayタブ)でオススメする。信頼できるソース選び、Todayページのレイアウト、専門家 (人)によるキュレーション、徹底されたプライバシー保護、AppleのOSやデバイスとの統合性など、「News」アプリならではの強みが色々あり、Appleによると毎月50億以上の記事が読まれている。「世界一のニュースアプリ」である。しかし、ここではざっくり、「Googleニュース」やWindows 10の「ニュース」のようなアプリをイメージしていただくだけで十分だ。
ネットニュース・記事のアグリゲータの魅力は、いくつものWebサイトを渡り歩かなくても話題のニュース・記事を1カ所で効率よくチェックできること。Appleの新サービスの「News+」では、それと同じことを雑誌をソースにできるのだ。
例えば、私の「News+」のホーム画面には今日、「Tech Talk」というトピックが作られていて、そこにはWIREDの「世界を形作るコーダーにとって効率性は美しい」という特集記事、Car and Driverの「リスクを認めてあげたら自動運転カーは改善する」というコラム、Fortuneの「マーク・ザッカバーグの不可能なジレンマ」というレポートが並ぶ。複数の雑誌から集められた記事によって、「Tech Talk」というトピックが構成されている。紙の雑誌から続く"1冊"というパッケージが記事単位に解体され、利用者の"読む"という行為を中心にコンテンツが再編されている。トピックは、ユーザーが関心を持っていること、良く読む雑誌や記事の傾向などから選ばれる。
従来の読み放題サービスは、雑誌のパッケージを崩すことなく、雑誌を開いて読むものだった。「News+」ではそうした読み方もできるが、私はパーソナライズされたホーム画面から直接様々な雑誌の記事にアクセスする方法でしか使っていない。その方が効率的で、そして雑誌のコンテンツをより楽しめるからだ。
「News+」を使ってみて、2003年にAppleがデジタル音楽ストア「iTunes Music Store」を開始した時を思い出した。同社はレコード・CD時代にあたり前だったアルバムというパッケージを解体し、iTunes Music Storeでアルバム内の曲を1曲単位で購入できるようにした。ミュージシャンや音楽ファンからは「アルバム」というアーティストが意図したパッケージが崩されることへの批判もあった。しかし、好きな曲を選んで聴ける自由は歓迎され、iPodが音楽の楽しみ方を変えるきっかけの1つになった。
冒頭の「テレビに対するYouTubeのような面白さ」が何なのかというと、YouTubeは多くのビデオが数分から15分ぐらいにまとまっているから気軽に視聴できる。対して、テレビ番組は多くが30分または1時間であり、見る人に視聴する時間を求める。それがテレビ離れの要因の1つになっている。雑誌も1冊を読み切るのに時間がかかる。興味のある特集を読むだけでも、雑誌を開いてパラパラめくったり、目次でページを調べたりするから、時間に余裕がある時しか雑誌を開かない。だから、読み放題サービスを契約していても、忙しかったらほとんど読まなかったりする。対して、記事単位で興味のあるコンテンツに直接アクセスできる「News+」は、ホーム画面をチェックして気になった記事だけ気軽に消費できる。雑誌を読むというより、Web記事を読む感覚に近い。
「News+」の雑誌は2つのフォーマットで提供されている。1つは紙雑誌のページをスキャンしたような形式。紙雑誌のレイアウトのまま、拡大・縮小、テキストの選択などが可能。雑誌のページそのままなので、画面が小さいiPhoneだと読みづらい。
もう1つはApple Newsフォーマットだ。紙雑誌のレイアウトではなく、メディアリッチなWebサイトに近い表示になる。Appleのデバイスでの表示に最適化されており、iPhone、iPad、Mac、デバイスの画面の違いに合わせてレイアウトが柔軟に変化して常に読みやすい状態が保たれる。表示フォントのサイズを変更でき、動きのある表紙、写真やビデオを楽しめるメディア機能も充実している。
前者だと従来の雑誌読み放題サービスのスタイルになり、記事単位の検索やアクセスの対象になるのはApple Newsフォーマットのみ。つまり、パブリッシャは従来の雑誌の形を維持するか、それともアクセス増の可能性が開けるApple Newsフォーマットに対応するか、選択を迫られる。今のところ。Apple Newsフォーマットに対応している雑誌は半分ぐらいだ。
Appleが全ての雑誌にApple Newsフォーマット対応を望んでいるのは明らかだ。同社は電子書籍ストアも統合された「Books」という電子書籍アプリを提供している。雑誌の読み放題サービスなら「Books」で提供する方が自然である。ところが、ニュースサイトやブログなどからニュース・記事を集めて提供する「News」アプリで提供し始めた。
紙の雑誌をただスキャンするだけのようなデジタル化で雑誌の売り上げが劇的に回復するとは思っていないのだろう。質の高い情報をより多くの人達の読んでもらうことが重要であり、そのために従来の雑誌の形にこだわる必要はない。タブレットやスマートフォン、PCに適したスタイルに再デザインし、ユーザーが楽しめるように提供してこそ、本当の電子化だと考えているに違いない。
私個人としては、今でも紙の雑誌に関わっているだけに雑誌の解体には抵抗を覚える。でも、そんな私でも「News+」のホーム画面の価値を認めざるを得ない。「News+」を使うようになって、明らかにそれまでより多くの雑誌の記事を読むようになり、新しい記事や雑誌の"発見"を楽しんでいる。