「Webのストリーテリングの進化」「美しい読み物」と言う人たちがいる一方で、「過剰な演出」「読み物ではない」という声も聞こえてくる …… 米New York Times (以下NYT)がプレビュー公開したWeb記事「Snow Fall」に対するコメントだ。称賛から批判・拒否まで意見はさまざま、公開以来、実に活発な議論を呼び起こしている。

Snow FallはNYTがオンラインジャーナリズムの実験的な試みとして進めていたものだ。今年2月にワシントン州で起こった雪崩の特集記事を、大きな写真と動画、大胆なレイアウトを駆使してまとめている …… と、言葉で説明しても十分に伝わらないと思うので、まずはモダンブラウザを使って「Snow Fall」にアクセスし、実際にページをスクロールしてみてほしい。

Snow Fall

公開後すぐにその独特のリーディング体験の話題が広がり、やがて冒頭のような議論が交わされるようになった。例えば、The Atlanticの記事タイトルは「What the New York Times's 'Snow Fall' Means to Online Journalism's Future」(New York Timesの「Snow Fall」がオンラインジャーナリズムの未来に与える影響)である。

初めてSnow Fallにアクセスした時、率直に「これは面白い」と思った。HTML5技術を活かした記事は珍しいものではないが、Snow FallはWebブラウザで読むメディアリッチな読み物でありながら、iPadアプリの雑誌のように軽快に動作する。しかもモーショングラフィックや写真、ビデオが本文の流れにうまくとけ込んでいて、文章を読むという流れの中で自然にマルチメディア機能を楽しめる。マルチメディアが本文の妨げにならず、雪山の寒さや雪崩の怖さや迫力を読者に実感させる効果を持っている。とても巧い。

しかしながら、Snow Fallに対して批判的な意見が存在するのも理解できる。これが「Web出版の未来か?」と問われたら、イエスであり、ノーだと思うのだ。

16人のチームが半年かかりきり

The Atlanticによると、Snow Fallはグラフィクス・デザイナー11人、写真家、ビデオ専門家3人、リサーチャーの計16人のチームが約6カ月を費やして完成させた。

NYTのグラフィックスディレクターSteve Duenes氏は「フロントエンド・コーディングは、過去2年間でわれわれが手がけてきたインタラクティブ機能からそれほど大きな飛躍ではない」と述べている。

しかし、体験を生み出す過程は「間違いなく野心的である」と断言する。ユーザーがページをスクロールするのに合わせて、本文を読むのを邪魔することなく適切なタイミングでいくつものエレメントをスムースに紡ぐために、デザイナーとプログラマーが密に連携して作業を進めた。優れた体験を生み出すことにひたすら注力し、その実現に6カ月もの時間を要したのだ。

これまでにもESPN.comの「The long, Strange trip of Dock Ellis」やPitchforkの「Glitter in the Dark」など、Snow Fallのように従来のWebのリーディング体験を打ち破ろうとする試みがいくつか登場している。NYTも今年6月のThe Innovations号ロンドン・オリンピックの100M走特集で、R&Dチームが手がけていたデザインやレイアウトを採用した。

これらはいずれも新しい技術で実現した表現ではない。すでにある技術からでも、アイディアとテクニックで革新的な体験を引き出せる。しかし、その取り組みにはリソースも時間もかかる。NYTのように大規模なR&Dチームを常設できるような、ごく一部の新聞社や出版社、メディアでなければ実現できないのが現状だ。

Snow Fallのような表現を開発する力は、NYTのようにWebにおいても有料でコンテンツを販売したい新聞社がネット上の無料情報に対抗する手段になり得る。将来的にNYTが、Snow Fallのような表現を有料ページに集中して組み込んでいくのは想像に難くない。

だからといって、有料コンテンツと無料コンテンツの間に価値の格差が生じるとは思わない。「紙を捨てきれないデジタル出版に"サブコンパクト"のすすめ」で紹介したように、紙に馴染みが薄いWeb世代(ジェネレーションY)は、メディアリッチな記事よりも、むしろシンプルかつコンパクトな表現で素早く情報を得るのを好む傾向が見られる。

NYTなど大手の新聞社やメディアがSnow Fallのようなアプリ・ライクで贅沢な表現で他の追随を拒む一方で、無料でオープンなネットの表現はよりシンプルな方向に可能性を広げている。これは移動という同じ目的のツールとして、ラグジュアリーカーと軽自動車が存在するのと同じである。どちらか一方が正しい進化ではない。どちらにも、それぞれの価値を認めるユーザーが存在する。

だから、Snow Fallが「Web出版の未来か?」と問われたら、ひとつの進化の方向としてイエスだが、それが全てではない。Snow Fallの登場やサブコンパクト出版の台頭は、Web出版の市場規模や可能性の拡大を示すものなのだ。