“持続可能性”が人類共通の標語となっている今、さまざまな環境問題の解決を目指して、さまざまな企業・機関が開発を進めているのが「サステナブル素材」だ。地球上のどんなモノも、元をたどればすべて“素材”。その段階から自然環境との共生が実現されれば、根本的にサステナブルな地球の実現を大きく後押しする。
私たちがよく知る素材に置き換わり、将来の社会を“当たり前の存在”として形作るために開発が進められるさまざまなサステナブル素材に焦点を当てた本連載。第2回の主役は、100年以上にわたってセルロース開発の歴史を紡いできたダイセルが開発する、海洋生分解性バイオプラスチック「CAFBLO」だ。今回は、同社 マテリアルSBU CAFBLO推進部の樋口暁浩部長へのインタビューを通じて、“透明な紙”とも表現される環境にやさしいプラスチックの原点と現在地、そしてこれからについて迫っていく。
酢酸セルロースでできた海洋生分解性プラスチック
ダイセルのCAFBLOは、天然にも存在する酢酸と非可食植物由来のセルロースを原料とする半天然高分子“酢酸セルロース”に、熱可塑性を加えるため非フタル酸系可塑剤を配合した、自然に還る海洋生分解性のバイオマスプラスチックだ。
樋口氏がCAFBLO最大の強みとして挙げるのは、“リサイクル特性”。同素材は、バイオマスプラスチックでありながらリサイクル特性に優れているといい、素材として繰り返し成形しても強度の低下が小さく抑えられ、機械物性を維持できるという。ダイセルではすでに、ホテルアメニティを回収して牡蠣養殖で用いるパイプへと再利用する活動の実証検討を行っているといい、この点では競合にも先んじていると樋口氏は話す。
また、海洋生分解性も大きな特徴の1つ。兵庫県内の同社拠点においてCAFBLO製ストローの海洋生分解性を検証した際には、ストローが徐々に分解され崩壊していく様子が確認できたとのこと。15か月が経過するころには欠片程度しか残されておらず、CAFBLOの海洋生分解性が確認されたとする。なお樋口氏によれば、酢酸とセルロースの合成過程において、この海洋生分解性は酢酸の結合量の変化により調節することも可能だといい、漁業で長い時間海中につけておく必要のあるユースケースでは生分解性を抑制できる一方で、意図せず海に流出してしまうことの多いものに関しては海洋生分解性を高めるなど、ニーズに応じた活用が可能だとした。
3Dプリンタでの大型造形も可能 - 欧州市場に展開の兆し
一方で、樹脂としてのものづくりへの活用におけるCAFBLOの強みが“透明性”だ。「生分解性を有する樹脂はもちろん多く存在しますが、石油由来プラスチックのような透明性を実現できている点はCAFBLOの強みです」と樋口氏は語っており、デザイン性が求められる用途でも幅広い活用できるとする。また、CAFBLOのペレットは3Dプリンタによる熱溶解積層方式での成形にも対応しており、大型造形が可能だ。現在開催中の「大阪・関西万博」会場敷地内には、竹中工務店との協力により、3Dプリンタで建築したCAFBLO製の「森になる建築」が活用されるなど、そのユースケースの幅を広げている。
3Dプリンタで造形されたCAFBLOは、「どこか高級感のあるガラスのような質感」が特徴的で、着色を施せばデザインの幅は広がる。これまでにもさまざまな造形品が公開されており、ライトやベンチ、テーブルなど、“作品”と呼びたくなるものが並んだ。ダイセルはここ数年、3Dプリンタでのものづくりが盛んになっている欧州市場に着目しているとのこと。「CAFBLOはまだほかの樹脂素材に比べて価格競争力のあるものとは言えない。ただ環境意識の高い欧州におけるターゲット市場はデザインやコンセプトを比較的重視しているので、“地球にやさしい”海洋生分解性樹脂であるCAFBLOを使ってもらう入り口として注目しています」としている。
なおCAFBLOは、黄色ブドウ球菌や大腸菌に対する抗菌活性を持つため、歯ブラシなど衛生面が求められるホテルアメニティでも活用例が拡大中だ。その他にも、2024年9月にDAISOで発売されたCAFBLO製釣り用ルアーは、海洋ごみ問題に対応した高性能釣り具として注目を集めた。樋口氏が目指す将来のCAFBLO対象市場は「プラスチックが使われているものすべて」。そのため外部とも共創を重ねながら、新たなアイデアを形にしていきたいという。
波のあった社会の環境トレンドも「今回は“本気”」
そもそもダイセルがCAFBLOの開発を始めた背景には、“環境トレンドの本気度”と“既存技術が活用可能な新事業の探索”という理由があった。
「バイオマスや生分解性というトピックは、これまでにも時に盛り上がりを見せてきたものの、気付けば落ち着いているというサイクルでした。ただ今現在の環境意識の高まりは“本気”なんじゃないか、と我々も感じていて、そんな中でサステナブル素材として利用できる酢酸セルロース技術を持っているダイセルとしては、本気で力を入れていくべきタイミングだと捉えています。」(樋口氏)
また、ダイセルのセルロースが用いられる主な製品はたばこのフィルターとのこと。近年ではたばこの販売量が減少傾向にあるため、それに伴ってセルロースの販売規模が縮小していくことは想像に難くない。そのため同社では、保有技術を活用してダイセルをドライブする新たな旗印として、酢酸セルロースを活用した樹脂素材へと注力することとなったとする。