「しんかい6500」の現役パイロットである大西琢磨さんに、深海そしてパイロットの魅力を聞くこのインタビュー。第2回となる今回は、1990年の初潜航から約25年経ち、1400回以上の潜航で一度も大きな事故を起こしていない絶対的な安全性と信頼性が売りの「しんかい6500」。そんな「しんかい6500」でももちろん緊急事態は想定され、緊急時に押すボタンは船内で真っ赤な色で目立っている(ちなみにそのボタンは25年間で一度も押されていない)。はたして深海底ではどんな緊急時が想定されているのか、数少ないトラブルに何があったのか、そして驚異の安全性を誇る「しんかい6500」コックピットの内部を徹底解説して頂きました!

「しんかい6500」 (C)JAMSTEC

2大緊急時は「火災」と「海底拘束」

前回に続き、話を聞かせてくれた現役「しんかい6500」パイロットの大西琢磨さん

――「しんかい6500」で想定されている緊急事態は何ですか?

大西(以降、敬称略):まず怖いのは火災です。そして一番避けなければならないのは海底拘束、つまり海底で動けなくなることですね。

――酸素が消失することはないんですか?

大西:火災で怖いのは、炎よりも有毒ガスが充満することです。しかし緊急用のマスク型呼吸具が用意されていますので、あまり心配はしていません。配線のショートや電子部品の過熱などで火災の可能性はゼロではありませんが、酸素放出を止めれば火災は鎮火します。

一方の海底拘束は、何かに引っかかることで、海底では人工物、ロープとか網とかですね。チムニーが乱立する海域に入ってしまってチムニー(熱水噴出孔)が倒壊して上から落ちてきて動けなくなるとかも考えられます。

――浸水はどうですか?

大西:船内に浸水したらもうダメです。怖いですけど。コックピットは1.5倍以上の圧力に耐えるよう設計された「耐圧殻」で半永久的に安全です。ひずみで老朽化したり、圧力に耐えられなくなって壊れたりひびが入ることはありません。

――コックピットに3人の乗組員が入ってハッチ(ふた)を閉める時に、髪の毛1本でも挟まらないように気を付けるとドラマの原作「海に降る」にも書かれていました

大西:人為的な作業でハッチを閉めるときに髪の毛が入ることはあり得ますからね。ドラマの撮影でも同様のシーンがありましたし、私も実際に「髪の毛一本入ったら浸水する」と整備を始めた頃から言われています。

――髪の毛一本って紛れ込んじゃいそうですが…

大西:最終的にはパイロットが目視で確認します。もしその時点で入っていたら数10m沈めば、ちょろちょろ漏れてくるはずです。ちょっとでも圧がかかると、水がすーっと出てくると思います。

恐怖を感じることは、基本的にない

――髪の毛一本で、いかに極限の環境で仕事をされているが理解できます。ドラマでは、主人公が恐怖と戦い、さまざまな危機を乗り越えていきますが、恐怖を感じたことはありますか?

大西:基本的にないですね。パイロットはみんな整備の仕事から始めて、潜水船のことを隅々まで知り尽くしているので、機械に対してトラブルが起こりそうだという危機感を持っていることはあるかもしれませんが、恐怖や不安は特にないです。

――潜水船を知り尽くしているからなんですね。今までで一番大きいトラブルは?

大西:ブラックアウトですね。電源喪失です。「一回経験したほうがいいぞ」と言われますが(笑) 幸か不幸か、僕は一回も経験していません。ブラックアウトは不具合なのでよくないことですが、「一回経験すると何事にも動じなくなる」とよく先輩パイロットから言われました。1400回以上の潜航のうち、過去にわずかに数回、私が入社してからは1回だけです。

――ブラックアウトとは照明系が落ちるだけですか? それとも電源の全喪失ですか?

大西:一回、電源がバスン、と全喪失して耐圧殻内の応急系のバッテリーに自動で切り替わってウィーンと立ち上がる感じです。必要最低限の機器だけ起動して、外の灯光器は消えてしまうため潜水船が上がっているか下がっているのか、どちらに動いているのかわからない。ただブラックアウトになると、自動的にバラストと呼ばれる錘が落ちて、潜水船が浮上するようになっています。つまり、潜航は中止です。

――真っ暗になってもパニックにならず操作できるんですか。同乗している研究者がパニックになるのでは?

大西:そこらへんが各々パイロットの腕の見せどころじゃないでしょうか。船内は非常用照明があるので真っ暗ではなく、少し薄暗くなるだけです。パイロットは、研究者に不安を与えないよう落ち着いて状況を説明します。

――拘束は経験したことはありますか?

大西:拘束はあってはなりません。人工物に拘束されたという話は聞いたことがありませんが、訓練中に泥に拘束されそうな経験は聞いたことがあります。泥の海底で航走訓練や海底作業中、泥の急斜面に船体が深く入り込んでしまったと。通常、船体重量が重くなって上昇しづらくなったときは潜水船に浮力調整用のタンクがあり、そこから海水を出して重量浮量バランスを調整します。バラストを捨てるのは最終手段なんです。船が浮上して潜航が終わってしまいますからね。そうならないようにオペレーションをするのですが、その時は浮量調整タンクから海水を排出してもなかなか浮上せず、最終的に錘のバラストを捨てて浮上したと聞きました。同乗していたベテランのパイロットからも「ひやっとした」と聞いています。

コックピットの中はどうなっている!? - 25年間使われたことがない非常ボタン

ここまで大西さんの話を聞いて、1400回以上潜航しながらブラックアウトがわずかに数回、といかにトラブルが少ないかに驚いた方も多いはず。そこで安全な航海を司る「しんかい6500」の心臓部であるコックピットの装置類1つひとつについて、大西さんに説明して頂きました。

「しんかい6500」のコックピット( 内径2メートルという狭さ!)内にはさまざまな機材が配置されている。ドラマ「海に降る」のセットは実際の約1.5倍の広さで作られたが機器の配置など、かなり忠実に作られているそう。ドラマを見るときにチェックしてみては? (C) JAMSTEC

  1. 前方障害物探知ソーナー:レーダーのようなもので障害物を探査する。目標物を捜索する。
  2. 旋回俯仰式カメラモニター:好きな方向を向けられる船外カメラが撮影する映像を映すモニター。マニピュレーターの作業風景を写したり目標物を探したり。普段は研究者が見ている映像を録画するため研究者が座る左窓に沿って撮影。基本的に何を撮るかは研究者に任せる。
  3. 固定式カメラモニター:船長が見ている前の窓の風景を写している。広角ドームカメラになっており、6K(しんかい6500)の一部も映している。このモニター画面を見ながらコパイロットが操縦することも。
  4. 深度計
  5. 緊急投棄操作盤:非常ボタン。真っ赤な色で目立っている。緊急時に左から順番に押していく。左からバラスト(錘)の離脱、サンプルバスケットの離脱、マニピュレーターの離脱ボタン。大事なものほど後で切り離す。一番右のボタンを押すと救難ブイが打ちあがる。このブイには50mのロープが巻かれていて、母船がブイをひっかけて6Kを上に吊り上げる仕組み。「よこすか」による外部救難訓練は行っているが25年間一度も使われたことがない。
  6. 電源操作盤、警報表示盤
  7. 高度/上方監視ソーナー
  8. デジタルカメラ操作部
  9. 主蓄電池管理盤:絶縁を監視している。漏電している場合は警告が出る。浸水の兆候を見る。
  10. 分圧計:酸素、二酸化炭素や気圧を見る
  11. アナログメーター:バッテリーの電流値や電圧値、各種圧力値をアナログで表示
  12. 研究者用窓
  13. 金比羅宮のお札(船内は可燃物禁止だが唯一の木製)
  14. 6K操縦用コントローラー
  15. マニピュレーター操縦用コントローラー

――船内は意外にレトロな感じですね

大西:25年間同じシステムを使っていますからね。アナログ機器が多いです。でもアナログ機器は、安定しているし壊れにくいんです。それでも年々進化しているんですよ。

――へー、たとえばどんなところですか?

大西:2015年の進化項目はマニピュレーターとサンプルバスケットを前に伸ばす、延長計画です。マニピュレーター自体は既製品で伸ばせないので土台を約30センチ伸ばします。そうするとサンプルを採取できる範囲が広くなります。船内ののぞき窓からマニピュレーターを見たときに、今まで近すぎて見えなかったマニピュレーターの基部まで見えるようになって、細かい作業やサンプリングがしやすくなるんです。また、建造以来の大工事となった3年前には推進システムが一新され、操縦性能が大きく向上しました。それから流行のタブレット端末を使って潜水船の状態を監視するシステムも構築中です。

――大西さんはJAMSTECのWebサイトに「乗るだけでわくわくする船を希望したい」と書かれてましたね。今後に向けてアイデアはありますか?

大西:今はパイロットが2人で研究者が1人しか乗れないのですが、将来的に研究者を2人乗せようという案があって、検討が進められています。

今は昔のように研究者が自分の研究のためだけに船に乗るのではなく、さまざまな分野の研究者が提案した研究資材を積み込んで、研究者の代表として船に乗ります。すべての研究者の研究を担うので、とても大変なんです。1人だと忙しすぎるので2人乗れるといいなと感じています。船自体ももっと研究者目線にしてもいいのかなと。今のままだと視野が狭くて、せっかく深海に潜っても直接目視しない研究者もいるんです。観察環境は向上させたいですね。

――それはもっともですが、研究者が2人乗ってパイロットが1人になると、パイロットはますます大変になるのではないですか?

大西:1人でも運用はできますが、今はパイロットとコパイロットの2人で機器類のダブルチェックをしているので、ヒューマンエラー的なところをどうカバーするとか。タブレット端末を使用して1人で潜水船の状態を監視するとか。まだまだ課題はたくさんあります。

「しんかい6500」の潜航後に、支援母船「よこすか」にて当日の潜航の報告をパイロットチームが行っている様子。こういう細かな取り組みにより事故の発生を防いできた (C)JAMSTEC

――なるほど。ますますパイロットは狭き門になりそうですね。世界でのべ500人以上の宇宙飛行士が宇宙に出ているのに、深海パイロットは世界で約40人前後。日本でも現役の方は12人だそうですね。日本が突出した印象を受けますが何か資格とか基準はありますか?

大西:いや、特別な資格はないんです(続く)。

地球最後のフロンティアと呼ばれる深海。秘境への道先案内人であり何があっても決して船の外に出られない過酷な旅の全責任を負う「深海パイロット」には、どのような資質や資格が求められ、どうやってなるのか。次回は徹底的に聞いていきます。有村さん主演ドラマの撮影秘話も伺いました。お楽しみに!

(取材協力:JAMSTEC、日本海洋事業)

(第3回は10月23日に掲載予定です)