大幅に向上した運動性能

「外観がここまで変わるのは初めて」という、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の有人潜水調査船「しんかい6500」の改造が完了した。油圧で旋回する大型プロペラ主体の推進システムから、6台の固定スラスタ構成で前後上下左右に自由かつクイックに移動できるようになったことが、最大の変更点だ。

潜水する改造後の「しんかい6500」 (C)JAMSTEC

従来のしんかい6500は、1つのポイントにとどまって作業を終えた後、次のポイントへ迅速に移動するといった、船舶をイメージした目的地重視型の動きがベースになっていた。しかし、研究者のニーズが、移動しながら観察し、興味深い対象が見つかれば、すぐに止まってマニピュレータ作業をするといった、移動過程を重視したものに変化した。

これに応え、今回の改造では、推進モーターのレスポンスを改善し、急加速・急停止などの制動性能を向上させた。また従来、水平横移動は、大型プロペラを真横に向け、同時に前部水平スラスタを動作させるという、パイロットの使いこなしテクニックで実現されていた。そのため、機体前部に首振り運動が生じ、観察対象を視界に固定しながらの移動が難しかった。改造後は、前後2台の水平スラスタを同時に動作させるだけで、スムーズに横移動ができるようになった。

さらに、進路保持だけだった自動操縦機能に、水圧センサに基づく水深保持が加わった。これらの性能向上で、予測できない潮の流れがある深海で、煙突状に突き出した熱水噴出口にマニピュレータを近づけて採水するという、経験豊富なパイロットでも苦労する難しいオペレーションが簡単にできるようになった。

改造前の状態。船尾に1機の大型プロペラ主推進器が付き、水平スラスタは前部にしか付いていない。機体中央は垂直スラスタ (C)JAMSTEC

改造後の状態。機体後部左右に2機の前後進スラスタが、水平スラスタが後部にも取り付けられた。横移動の抵抗を減らすため、垂直尾翼が小さくなっている (C)JAMSTEC

大型プロペラ推進器を開発した国産メーカーの撤退が今回の改造のきっかけになった (C)JAMSTEC

新しく取り付けられた前後進スラスタは、DCブラシレスモーター内蔵のアメリカ製 (C)JAMSTEC

2種類の操作コントローラ

内部の仕組みにも大きな変更があった。アナログ回路で構成されていた操船システムがデジタル化されたのだ。SH2コアを搭載したマイコン、OSはμITRONが採用されている。

操作コントローラも一新され、従来の操作方式を受け継いだボリューム式A型と、新方式のジョイスティック式B型の2種類が搭載された。

探査機運用グループ小椋徹也技術主任は、「搭乗者の命を預かるシステムなので、仕様書の一番最初に、コンピュータが正常に動作しているかどうかを常に監視するウォッチドッグタイマーを付けてくださいと書いた」と語る。「特に、安定性と、トラブル時に初期状態に戻ることを重視した。暴走さえしなければ、経験豊富なパイロットが何とか解決できると考えたからだ。システムは完全に二重冗長で、同じCPUを並列に2台乗せた。コントローラが2台あるのも、その流れで、それぞれのCPUが別々にコントローラがつながり、切り替え時は電源投入した方だけが生きるシンプルな構造になっている」

探査機運用グループ小椋(こむく)徹也技術主任は、数年前までしんかい6500のパイロットとして勤務、その後開発部門との橋渡し役として現職に就いた

ちなみに、現時点でのパイロットの評判は、手馴れた操作性のボリューム式A型コントローラの方がいいらしい。

改造前のボリューム式コントローラ。それぞれの推進器を独立して操作するため、慣れと経験が必要だった (C)JAMSTEC

改造後のボリューム式A型コントローラ。大きな2つのツマミで水平スラスタを、スライダーツマミで左右の前後進スラスタを操作する (C)JAMSTEC

改造後のジョイスティック式B型コントローラ。新コントローラ開発には、航空宇宙機などの操作機器を開発するスタッフも加わった (C)JAMSTEC