吉川明日論の帰還
ここしばらく、私は米国の友人から依頼されて、日本のとある高級リゾートで通訳の仕事に就いていた。ちょうど大学は長期春休みの間だったので気軽に引き受けたのだが、実際に行ってみるとそのプロジェクトは私の想像をはるかに超えたものであって合計3週間近くその仕事に没頭することとなった。よってこの連載も約1か月お休みすることになってしまった。
プロジェクト自体は非常に規模が大きく内容は大変に興味深いものであったが、何しろ秘匿性が非常に高い仕事だったのでその詳細についてはお話しすることができない。しばらくたって時効時期を迎えた時にお話しすることができると思う。
というわけでしばらく現世の動きについてはテレビのニュースなどでわずかに知るくらいで、数日前に帰還してから徐々に何が起こっていたかをいろいろと穿り出してブランクの埋め合わせをしている状態であるが、いろいろな報道をざっと見て感じるのはその変化が加速していることと、中心勢力が多方面を巻き込む大きなうねりを起こしていることである。昨年から度々このコラムで取り上げてきた変化がかなりの速度で、かなりの規模で起こっている。特に下記の動きは顕著になってきていると思う。
- GAFA(Google,Apple,Facebook,Amazon)という巨大プラットフォーマーが台風の目のように周辺のビジネス環境に巨大な変化をもたらしている。GAFAのメンバー企業は各企業の独自の問題が顕著化してきていて、その影響がIT企業としての枠をすでに超えてしまっていて社会的な反応に対応せざるを得ない状態になっている。
- これらの巨大プラットフォーマーへの各方面からの警戒観も高まってきている。まず素早い反応を示したのは税務、独禁当局である。既存ビジネス勢力も、さながらブラックホールのように周辺ビジネスをどんどんと飲み込んでいく巨大企業への警戒感をさらに強めている。問題は反応するタイミングである。反応を迫られた時はすでに遅い場合が多い。
- 今まで米国ベースのGAFAが4つの大きな台風の目であったが、これに中国系のBATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ)といったプラットフォーマーたちが加わり、今やBATHは中国内の活動をさらにグローバルに広げる準備を着々としている。中国にはBATH以外にも顔認証、音声認識分野での巨大プラットフォーマーが台頭しつつある。
- 米中の貿易、知的所有権をめぐるせめぎあいは先鋭化してきている。その中心にあるのは半導体、IT、自動運転、IoTなどに関する革新技術である。
3週間報道を見ていなかっただけでこれだけ激変しているのを知ると、現在のビジネス環境の加速的な変化を改めて実感させられる。
各プラットフォーマーに特有の問題が発生
Facebookは昨年来の個人情報保護に関する問題で現在は防戦に立っているように見える。欧州委員会はGDPR(EU一般データ保護規則)に基づいてFacebookへの圧力を強めているし、おひざ元の米国でもFTC(米連邦取引委員会)から個人情報の不正流用の件で数千億円の巨額制裁金を課されていたが、これを支払うことに合意したようだ。
Appleは昨年来の生産調整の度合いがさらに大きいことが判明し、受動部品を含むiPhoneサプライチェーンに大きな影響を与えている。これには多くの日本企業が関係しているので関連株は軒並み乱高下を余儀なくされている。昨年末まで非の打ち所がないかのように見えたAppleの業績にもiPhone頼みのビジネス展開について各方面から疑問符を投げかけられているようだ。
その評価を決定づけたのが世界最大のスマホ市場でのシェア争いでの明暗である。Appleの決算発表を受けて証券アナリストたちが弱含みの理由として挙げた中国市場は、年間4億台という世界最大規模ではあるがすでにファーウェイ、OPPO、VIVOなどの国産メーカーによる低価格化が進んでいることである。その市場全体の成長は普及一巡による市以上縮小が指摘されている。その世界最大の市場で首位のファーウェイが15.5%の成長を記録したのに対比してAppleは10.5%減という結果であった(IDC発表)。
AppleのiPhone神話が一転してリスク要因となった象徴的な数字であった。私はかねがねAppleの開発能力にはかなり楽天的な見方を持っている。社内で満を持して出番を待っている新商品が、"そろそろ出しちゃいましょうか"などと議論されているのではと思っている。
AmazonとGoogleは今のところ不安材料がなく、その驚異的な成長は依然として続いているが、いよいよ既存ビジネス勢力が身構えだしている。独禁当局もこの2社のそれぞれの地域でのビジネス活動に制限をかけようと動き始めている。日本でも公正取引委員会が動き出している。経済産業省もIT各社を集めてヒアリングを開始したようだが、Amazon側からは誰も出席しなかったという報道もあった。日本の企業であれば「お上」の招集とあれば万難を排してでもかなり上級の役員クラスが駆け付けるのが当たり前であるが、Amazonは世界最大のGlobal企業である。日本国内のルールはそう簡単には通用しない。
そんな中で最近面白いニュースがあった。シアトル市に本社を置くAmazonがニューヨークに第二本社を建設予定であったが、住民の反対にあってその計画がとん挫したらしい。Amazonという巨大企業が大挙して引っ越してくることによる地元の物価高騰、既存中小ビジネスの消滅ということが危惧されたらしいが、この話は私が昨年夏にシリコンバレーを訪れた時に耳にした話と呼応している。
この辺は"さすがアメリカ"という感じがする。地元の企業誘致について地域政府の判断とはまったく別なやり方で経済原理を総合的に判断する住民の能力には米国民のしたたかさが見て取れる。
ネオ・モノポリーという言葉
私がAMDで勤務していた時代では業界のモノポリー(独占企業)とはIntelとMicrosoftと同義であった。PCが世の中のプラットフォームとしてビジネス、消費、インフラを形成していた時代でCPUと基本ソフトの独占企業であったこの2社は文字通りモノポリーであった。その2社は依然として奮闘しているものの、現在ではそのテリトリーにおける独占企業であって市場全体は急激に多様化、多面化していってモノポリーはGAFAにとってかわられた。
現在のこの状態を表す言葉でネオ・モノポリー(新独占体制)という言葉を聞くようになった。ネオ・モノポリーではもはや業界の垣根は存在しない。国、政府、ビジネス、住民すべてを巻き込む新しい形の独占体制が形成されてしまっているということであろう。その中において生き残りをかけた各人単位の独自の思考が試されているという時代になったということであろう。なにしろGAFAはすでに個人の懐に深く入り込んでいるのだから。
著者プロフィール
吉川明日論(よしかわあすろん)1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
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