Amazonがニューヨークに第2本社の設置を決定

今やBill Gatesを抜き去って世界で一番の金持ちとなったAmazonのCEOであるJeff Bezosが創業時に初めに考えた社名は「カダブラ」だったそうだ。

アラビアン・ナイト物語などに出てくる「アブラカダブラ」の呪文をまねしたものだが顧問弁護士が「魔術の呪文は社名としてはよくないだろう」という反対意見を出してこの名前はボツになった(Brad Stone著のAmazonについての本『Everything Store』による)。

代わりに「A」が付くものから考えて行って地球上で最も大きい河であるAmazonの名前を採用し、地球上で最大の書店を作ろうとした。そのAmazonも1994年の創立後24年足らずでAppleとならんで1兆ドルの時価総額を誇る世界企業となり、そのブランドは世界の家庭に入り込んでいる。

  • Amazonの箱

    今やAmazonブランドは身近なものとなった (著者所蔵写真)

Amazonは世界中で新たな物流センター、データセンターを建設しているが、現在本社がおかれているシアトル以外にも新たな本社(第2本社)を建設するというので、この一年くらい全米200以上の都市がその誘致合戦に走り、結局ニューヨーク・クイーンズ地区とワシントンに隣接するバージニア州アーリントンに決定したという話である。大企業の本社機能移転には下記のように地域からの大きな期待が寄せられる。

  • 取引額が巨大な企業なので、地域政府にとっては大きな税収源となる。
  • Amazonはこの2か所だけでも5万人の新雇用を生み出す。
  • これらの従業員が生活するインフラ基盤も必要となり、地域には大きな経済効果が期待できる。

Amazonの物流センターはいずれも巨大だが、高度に自動化されたセンターでは新雇用人数はせいぜい500~600人である。しかもこれらの物流センターに働く人々は基本的にブルーカラー(肉体労働者)であり、地域での経済効果はかなり限定的である。

Amazon新本社の5万人の新雇用と直接投資でも50憶ドルという桁外れの経済規模に全米の各都市が競って誘致合戦を繰り広げたであろうことは容易に想像できる。各都市はその都市の強みを競ってアピールした。例えば都市部ではない内陸部の都市は新本社開設に伴うコストの低さ(土地、物価、生活費など)をアピールしたようだが、結局非常にコストの高いニューヨーク、ワシントンという場所に落ち着いたことが話題になっている。これにはAmazonという企業の特殊事情が絡んでいる。

最近のシリコンバレー事情からうかがえる巨大企業の社会的影響

このAmazonの新本社の都市選定の騒動でふと思い出したのが、今年の夏、私がセンチメンタル・ジャーニーと称してシリコンバレーに20年ぶりに「里帰り」した時の体験である

20年ぶりに降り立ったシリコンバレーは劇的に変わっていた。かつては所狭しとあちこちにブランドを掲げていた多くの半導体企業のオフィスビルは姿を消し、代わりに圧倒的な存在感があったのはApple、Google、Teslaなどの巨大プラットフォーマーたちの巨大オフィスビルである。その外観はあまりにも大きく、昔のシリコンバレーの面影はまったくなかった。それにもまして私の印象に強く残ったのは従来からシリコンバレーに住み着いていた友人たちとの久しぶりの会合で聞いた異口同音の感想であった。

  • シリコンバレーの生活はApple、Googleが巨大になってからすっかり変わってしまった。
  • これらの巨大企業に通勤する従業員のために交通渋滞が起こって、朝の7~8時台は一般の住民はほとんど移動できない。帰宅時間の4~5時台もそうである。これらの企業が繰り出す通勤バスは一般の人を乗せないで道をふさいでしまう。
  • これらの従業員の桁外れに高い給料によって不動産の高騰が止まらない。独身者が住むワンベッドルームの部屋でも家賃は軽く月3000ドル(約35万円)はかかる。
  • 昔からシリコンバレーに住んでいたこれらの人々は現在ではすでに住居を手に入れているが、その住居をとんでもない高額で売ってくれと言う話がひっきりなしに入ってくる。Apple、Googleなどが従業員の社宅としてシリコンバレーに従来からある住居を高額で買いまくっているらしい。
  • というわけで、仕事も引退した身としてはシリコンバレーにいる意味もあまりなくなったのでコロラドなどのもっとのんびりとした地域に移住しようと思う。

これらの人たちの中には米国で生まれた人ではない人たちも多く含まれている。シリコンバレーの自由な雰囲気と強烈な吸引エネルギーに吸い寄せられて世界中から集まり、この地に根を下ろした人たちも沢山いる。こういった人たちにとってシリコンバレーは全米でも特殊な地域なので文化的な意味から他の地域へ移住するのに抵抗がある人たちが多い。

分断のアメリカ

GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)などの巨大プラットフォーマーに共通している突出した点の1つに給料の高さがあげられる。

平均年収が15万ドル(約1700万円)という数字が示すように、これらの企業が本社を構える都市では私がシリコンバレーで聞いたようないろいろな弊害が生じることが予想される。

Amazonが採用する人間はとにかく頭が切れて、即戦力となってくれるような人材で国籍は問わない。給料に糸目は付けずに優れた人材を確保したいのである。それに吸い付けられるように国内だけでなく世界中から優れた人材が米国を目指すことになる。

こうした巨大プラットフォーマーの動きはトランプ大統領の政策と大きな隔たりがあると感じる。トランプ大統領の大票田はいわゆる「ラストベルト」と呼ばれる地域に展開するかつて米国経済を支えた鉄鋼、自動車などの重工業都市である。ここで家族代々同じ企業で黙々と働いた人たちの多くはWASP(White Anglo-Saxon Protestant)と呼ばれる米国生まれの白人である。ラストベルトのブルーカラー労働者たちは通常大学での高等教育は受けていない。ゆえにいくらAmazonが本社を構えたからと言ってその求人スペックに合致することはまずないであろう。

巨大プラットフォーマーに集中する頭脳集団が形成する大都市と、重工業中心のブルーワーカーによる地方都市という大きな分断が形成されるという現代米国社会の現状を象徴するようなAmazonの動きである。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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