早いものでもう年末である。月並みな言い方ではあるが、ハイテク業界にとってはまさに激動の時代であった。そこで、昨年末の同じころに私が書いたコラムの内容を参照しながら、今年を振り返ることにした。昨年末のコラムで、私は下記の4点について書いていた。いずれもホットな話題になるであろうという書き方であったが、これらの分野で今年に起こったことの数々はホットどころか沸点に達した感がある。

  • 業界再編成と大型買収の波
  • ITプラットフォーマーたちの独自半導体開発
  • EV/IoT/AIシフト
  • 中国の台頭と政治問題化の懸念

QualcommのNXP買収失敗は米中貿易戦争の伏線だった

市場の成熟とともに業界が再編成される過程はどの業界にもいつでも見られる現象であるが、今年の電子業界での最大の話題は何と言ってもQualcomm、Broadcom、NXP3社三つ巴の買収工作劇であろう。しかもそのすべてが失敗に終わった。

オランダの半導体企業NXPの買収を仕掛けたQualcommとそれを丸ごと買収しようとしたBroadcomの熾烈な駆け引きは何十億ドルという巨額買収金額にも目を見張らされたが、その陰に米中政府の政治的駆け引きがあったことが見て取れる。スマートフォンの主要半導体技術を掌握したQualcommにとってその勢力を携帯端末の外側に広げる事は将来の成長戦略にとって最重要課題であった。

その意味でIoT、自動車分野に強いNXPの買収は長年の懸案事項であったが、最終段階の独禁当局による承認という段になって中国政府がストップをかけた。正確にはストップをかけたというよりは恣意的に承認時期を遅らせたという方が正しいかもしれないが、結果としてQualcomm経営側は巨額の違約金という大きな代償を払ってまで、買収を断念せざるを得なかった。

一方、Qualcommを買収しようとしたBroadcomは米国当局から待ったがかかってこちらもとん挫した。これらの企業活動への一連の政府の介入は、その後の米中貿易戦争の成り行きを見ると納得がいく。ZTEへの部品禁輸に始まって、ファーウェイ製品の輸入禁止とカナダでの幹部逮捕に至るまで、年末に向けてヒートアップした米中の貿易戦争の顕在化は、国力を示す重要な指標である電子技術がいかに技術地政学上の関心対象となっているかをはっきり示している。QualcommのNXP買収失敗は米中貿易戦争の伏線だったわけである。

ITプラットフォーマーの他業種進出はこれからも加速する

GoogleがAI用途向けに独自開発したTPU(Tensor Processing Unit)はすでに第3世代になっている。クラウド側だけでなくエッジ側(端末側)にもAI機能を提供する製品を外販するようになった。AWS(Amazon Web Service)でクラウドビジネスを急速に取り込んでいるAmazonもArmベースの独自CPUであるGravitonを発表した。Teslaも自社開発の自動運転用半導体チップの開発を公にしている。これらの巨大企業は自社内に巨大市場を包含しているのでキャパシティのビジネスである半導体がその用途に特化したASICで実現されるというのは当然な流れであろう。来年はIntel、AMD、Qualcommなどの独立CPUメーカーのシェア争いはIT業界全体を巻き込んだ熾烈なものになると予想される。これらの独立半導体群にももちろん中国勢が割って入ることになる。

  • GAFA、FAANGなどの巨大ITプラットフォーマーのニュース

    今年はGAFA、FAANGなどの巨大ITプラットフォーマーのニュースが毎日報道された (著者所蔵イメージ)

巨大プラットフォーマーが来年本格的に直面する厄介な問題は個人情報、独占、法人税などを管理する各国当局とのせめぎあいである。グローバル化で国境をまたいで大きな商売をするこれらの企業に各国の当局がどう対応するかは非常に政治的であり、いくら巨大企業でも主権国家体制が存在する限り避けて通れないややこしい問題である。国家の中には財政難に陥っているところも多く、何とかして税収を挙げたい動機もはっきりしている。国境と関係なくネットの世界でビジネスを展開するグローバル企業と主権国家の利益を守ろうとする各国当局の攻防は次の段階へと移行している。

ITと自動車の接近は来年も加速

広帯域を可能とする5Gネットワークの本格的普及を前にした巨大企業同士の提携が顕在化したのも今年の特徴である。

広帯域ワイヤレスの能力を駆使してリアルタイムでの遠隔操作が可能となる5Gの世界では、まったく新しいビジネスモデルが登場することが予想される。中でも自動運転は遅れていた法整備などの動きもやっと活発化しており、いよいよ現実味を帯びてきている。その状況で暮れに近づいた時期に大々的に発表されたのがトヨタ自動車とソフトバンクの協業である。正直私が持ったのは「ようやく腰を上げたか」という感想である。フォード、GMなどの米国勢、ダイムラー、VW、アウディなどの欧州勢、それとすでに都市部での運転実験を早々に開始した中国勢が加わって、まさに群雄割拠の様相を呈してきた。これらの既存自動車ブランドに加えて、Tesla、Google、Apple、Amazon、Dysonなどの異業種からの本格的参入もより加速する。来年はいよいよ目が離せなくなる。

中国の台頭と米中貿易戦争の悪化は不可避

やはり年末に向かって突然飛び込んできたファーウェイ幹部逮捕のニュースは衝撃的であった。カナダ政府が米国政府の要請で幹部逮捕に踏み切ったが、中国政府は猛烈に反発している。

米中の問題にのっけからカナダ政府が巻き込まれるというこの事件は、来年に予想される世界を巻き込んだ動きを象徴する出来事である。逮捕理由が「外為法違反の疑い」とあるが、米国の関心は中国への技術流失とそれに伴う安全保障上の問題であることは明らかで、中国の台頭がさらに明らかになるにつれ米国の動きはより先鋭化すると予想され、世界経済への影響もすでに表面化している。

1980年代に日米が直面した貿易摩擦と比較した場合、その規模とグローバル・サプライチェーンへの影響において比べ物にならないほどの深刻な問題である。世界経済全体に与える影響は「制御不能になる危険性」をはらんでいる。

今回は2018年の総括ということで、何となく経済誌の記事のようになってしまったが、来年、またその先を見通すうえで、業界のエンジニアレベルでの理解においても、よりマクロな見方を要求されるのではないだろうかと思い敢えて書いた次第である。

本年も吉川明日論のコラムを読んでいただいた皆様には、心から御礼を申し上げます。

来年が皆様にとって良い年でありますように!!

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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