海賊版半導体のいろいろ

最初にお断りしておきたいのは、この話は私がAMDで勤務していた今から10年くらい前までの私自身が経験したことに基づいて書いているので、業界変化の激しい現在ではこの通りかどうかはわからない。

私の経験上、海賊版半導体で一番多いのはマーキングを変えるいわゆる「リマーク品」である。

パッケージに印刷されているマーキングはパッケージの中に封止されている半導体チップがどのようなものかを示している。CPUであればAMDなのかIntelなのか、どの世代のものか、性能はどれくらいのものか(クロックスピード、モデルナンバーなど)といった実際に手に取って中身を知ることができない半導体チップの性能を表示し、その商品価値を表示する非常に重要なものである。

実際の性能がどれほどなものなのかは高額のテスターを使って検査しないとわからない。AMD時代でよく出回り、常に悩ませられたケースがクロックスピード(あるいはモデルナンバー)のリマークによる偽造品である。

CPUの場合、同一プロセスで製造された同じウェハから取れるチップでも個体によって性能は一様ではない。例えば1.5GHzを目指してプロセスしたウェハから1.2GHzや1.3GHzのものも出てくる。これらの個体はパッケージに封止して最終出荷テストの段階で性能に応じてスペックが判定され、それ相応のマーキングがなされる。

ただし実際に1.2GHzのCPUと1.5GHzの製品が大きく性能が違うかというとそうでもないケースがある。そのCPUを使用するアプリケーションのCPU負荷によって実際性能の違いはまちまちである。ただし価格差は非常に大きい。1.5GHzがその時点での最高スピードである場合、そのCPUの価格は1つランクが下の製品よりも20~30%くらい高価であっても不思議はない。

また、AMDはパフォーマンス用としてAthlon、低価格帯用としてDuronのブランドを出していて、実際にキャッシュサイズも違ったりしているので通常はダイそのものも違う。

海賊版はこの仕組みを利用して仕入れた1.2GHz品を1.5GHzとリマークしたり、悪質な場合はDuronをAthlonとリマークして販売しその利ザヤを稼ぐわけである。こうした海賊版、偽造品が出回るのがグレーマーケットである。偽造品のリマークはかなり巧妙になされているので外観からはなかなか見分けがつかない。買ってマザーボードにさしてシステムをブートした後で、CPU IDを読み込むことで判別がつくがそれでは"時すでに遅し"である。

偽造品が出回るという事実は製品が市場で受け入れられている証拠ではあるが、製造元としては管理責任が問われる問題であり大変に悩ましい問題である。結局、市場に一番近い営業部門の責任問題となり、その収拾に追われることとなる。

  • 宣伝広告用にリマークしたもの

    この写真は筆者がAMD時代に広告会社が宣伝広告の写真用にリマークしたものでもちろん販売はしていない

グレーマーケットの発生原因その1:違反行為によるケース

買った時点では中身を確かめようがないが、まったく機能しない製品を売るのであれば継続的なビジネスはできなくなるので、偽造品のリマークは性能差を微妙に判断して巧妙に行われる。

その利ザヤは仕入れ値の安さがリマークするためにかかるコストを吸収できるくらいでないと意味がない。他の半導体部品と違い、CPUは単価が圧倒的に高いのでそのコスト差次第では結構儲けることができる。ではそれらの製品をどこから仕入れるのか?

それらの製品の仕入れ先がメジャーなPC OEMである場合がある。つまりメジャーなPCブランドメーカーなのである(少なくとも私がAMDで現役の時代ではそうであったが、現状がどうかはわからない)。

AMD(多分Intelも同じであると思う)からメジャーなPC OEMメーカーへの販売価格はそのOEMカスタマーの戦略的重要度、数量、PC市場での優位性、Intelとの関係などの複雑な変数を考慮して決定されるのでそれぞれまちまちであるが、重要度が高い顧客ほど安値で購入できる。

こういったOEMの価格体系は非常に厳格に管理されていて、各OEM営業担当もAMDが他の客にどのような値段で売っているかは知らされない。しかもOEMへの価格はリテールでのCPU個体販売、あるいはホワイトボックス(ノンブランド、あるいはショップ・ブランドなどと呼ばれる場合もある)へCPUを流通させるディストリビューター(半導体商社)向けへの価格よりかなり安い。

しかしいくら低価格で買ってもそのCPUを搭載したPCが当初予想していた数量ほど売れない場合もある。モデルチェンジの激しいPCの世界ではCPUはまさに"生もの"である。旬を過ぎたCPUの価値は一気に下がり、在庫が残ってしまうことになる。

こういった場合事情によっては交渉の上でAMDが引き取り他の製品と交換する場合もあるが、問題が起こるのはこうした在庫品をカスタマーがオープン市場で売りさばいてしまう場合である。そのカスタマーにしか提示していない低価格で仕入れたものをオープン市場で売ることは契約上禁じられているが、比較的少量であるなどの場合在庫品を売りさばく場合も出てくる。

こうした製品は最初は名のあるディストリビューターに売りさばかれるが、その後はグレーマーケットに流れ偽造品メーカーの手に入ることになる。

CPUにはシリアル番号が記されているので、偽造品が報告されるとAMDはすぐさまそれを買い付けてシリアル番号からどのカスタマーに売られたものかをトラックする。それをたどってゆくと意外にも大手のOEMカスタマーであったということが判明するというケースが出てくる。そういった場合は担当営業がOEMカスタマーと大変に気まずいミーティングを持つ羽目になる。これは完全に契約違反であり、営業はカスタマーに厳重抗議をするがやはり売る側と買う側の力学は変わらず、最後は「本当にお願いしますよ…」といった曖昧な終わり方になったような記憶がある。

  • マーキングにはそれ相応の歴史が刻まれている

    今や機能しなくなったCPUもマーキングの裏に深い歴史を刻んでいる (著者所蔵写真)

グレーマーケットの発生原因その2:身から出た錆ケース

こうした明らかな違反行為の場合もあるが、それよりも多いのがAMD自らが原因を作ってしまうケースである。

どの業界でも決算期末は営業目標達成に汲々となるのは世の常、営業は毎期末までに売り上げた数字で成績が評価されるので期末までの数字をとにかく作るためにいわゆる「押し込みセール」をやらざるを得ない場合だってある。

売買契約を交わして再販しないことが基本であるOEMカスタマーでさえ事情によっては在庫を売りさばいてしまうケースがあるのに、再販を委託しているディストリビューターの場合は、「とにかく数量を売りたい」メーカー側と、不特定多数の中小の顧客を抱え「とにかく安く買って利ザヤを稼ぎたい」ディストリビューターの駆け引きには、期末ぎりぎりの"仕切り値"の決定で力学上の変化があって当たり前である。

こうして、数字を達成したい営業が特別価格で押し込んだ製品の一部はグレーマーケットに流れ、偽造品メーカーの手に入ることになる。これは完全に「身から出た錆」ケースで、その期末の成績で優秀な数字を達成した凄腕営業でも翌月に偽造品が出回るとトラックされ、今度は「誰が売ったんだ」という話になって担当営業はこっぴどく責められることになる。もっともこうした特別価格の提示は担当営業の権限ではできるはずもなく、たいていの場合はかなり上層部の営業責任者の高度な判断ということになるが、市場に混乱を起こしブランドを傷つけるという意味では完全に「身から出た錆」である。

偽造品を容認するつもりは決してないが、偽造品の出現は常に性能向上に突っ走っている半導体業界にはついて回るものなのかもしれない。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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