NVIDIAが中国市場向けに開発したH20が禁輸措置となる事態の間隙を縫って、中国発のAI半導体スタートアップが注目された。Chen Yunji氏とChen Tianshi氏という若き兄弟技術者が立ち上げたCambricon Technologies(カンブリコン テクノロジー)社である。2025年上半期の売上高が4億ドル以上となり、それまでの赤字が一転、今後の成長を期待されて株価が急上昇したが、その後H20が禁輸対象から外されると株価は急落した。

「カンブリア紀」から命名された中国のAI半導体スタートアップCambricon

株価の乱高下はさておき、CambriconのAI半導体製品はDeepseekが国産チップに向けて指定したソフトウェア・スタックをサポートするAIアクセラレーターで、今後の中国におけるAI半導体開発の大きな一歩として期待されている。一部では「中国の小さなNVIDIA」などとも呼ばれているらしい。

  • Cambricon

    CambriconのAI半導体を搭載したアクセラレーターカード「AIDC MLU370-X8」 (出所:Cambricon)

AI開発という戦略分野をできるだけ国産化しようと躍起になる中国政府の熱い期待を受けるこのスタートアップ企業が、NVIDIA依存の現状に風穴を開けるかどうかは今後の後継機種がどのように仕上がってくるかにかかっている。こうした状況で大変に興味深いのが、このスタートアップの社名が、地質学の古生代前期に登場する「カンブリア紀」に因んで名付けられた点だ。

およそ5億年前の古生代カンブリア紀には、各種サンゴや貝類、腕足類、三葉虫など多くの多細胞生物の化石が発見されていて、悠久の歴史の中でも生命が飛躍的な進化を遂げた時代であったと考えられている。Cambriconの命名は、今後も長期間続くと思われるAI開発の時代を「AI開発のカンブリア紀」とみたて、その百花繚乱の時代を先導するのがCambriconだという意味が込められている。

「カンブリア爆発(Cambrian Explosion)」として知られる特別な時代

地質学の時代区分で、古生代カンブリア紀は恐竜のような大型生物が登場する中生代以前に位置する。人間を含む哺乳類が出現する新生代の遥か以前の話である。興味深いことにこのカンブリア紀初期には、現在、動物と分類される殆んどすべての種類の生物の原型が出現したと考えられている。

“ほんの”1000万年の短期間に多細胞の多くの種目が突如出現した。しかし、この地層の存在は多くの地質学・考古学・生物学の学者たちを悩ませてきた。ダーウィンが唱える「進化論」に基づけば、生物の進化は段階を経てゆっくりと起こるものである。そうであれば直前の地層にはその兆候を示す生物の痕跡があるはずであるが、そう言った地層は発見されていない。5億年も以前のこの時代に、1000万年という短期間で動物の多様性が突如として増大した可能性があると考えられ、地質学者たちはこの時代を「カンブリア爆発」と呼んでいる。Cambriconの若き創業者兄弟は、自社のAIアクセラレーターの独創的アーキテクチャーが今後も長きに継続されるであろうAI開発の歴史の中で大きな足跡を残す事を祈念して社名を決定したわけだ。技術力で一攫千金を目指す技術スタートアップ企業の熱き情熱を感じる社名だと思った。

まさに「カンブリア爆発」の様相を呈するAI半導体開発最前線

AI半導体市場の7割以上を掌握するNVIDIA一強状態に挑戦するのは中国企業のCambriconだけではない。

中国政府はかねてより戦略分野であるAI開発でのNVIDIA依存を減らす方向性を打ち出しており、最近でも中国の巨大企業Alibabaが独自開発チップを発表して話題になった。

現在、NVIDIAの対抗軸として最も有力と見られているのが、同じGPUベースのアクセラレーター開発でNVIDIAに食い下がるAMDと、GPUベースの汎用チップではなくカスタムASICチップの提供者として注目度が高まっているBroadcomである。

  • 「Instinct」

    AMDはNVIDIAと同じGPUベースのアクセラレーターとして「Instinct」を提供している

データセンターの設置で熾烈な設備投資競争を繰り広げるハイパースケーラーの悩みの種は、右肩上がりに上昇するコストと消費電力である。この状況を打開しようと、近年「推論」分野での差別化を図ったカスタムASICチップの開発に舵を切る企業が増えている。その需要を受け止めるのがBroadcomやMarvelという大規模ASICデザインを提供するファブレスブランドである。

ごく最近では、OpenAIのカスタムチップのデザインを受注したBroadcomの話題が目立った。BroadcomはVMwareを買収していて、半導体ハードのカスタム化に加えて仮想化の要素技術も提供できるところが優位性となる。すでにGoogleやMETAなどの大手企業のASICを手掛けており、これにOpenAIが加わると大きな潮流を形成する可能性がある。とは言っても、先月発表された四半期の決算を見ると、NVIDIA一強の状態は変わらず、AI半導体市場全体が急激なスピードで成長していることは間違いない。そのNVIDIAのCEOであるJensen Huangはかねがね「AI開発はまだ初期段階に過ぎない、長期戦で勝者となるのは、優れたアーキテクチャーで付加価値を提供し続けるブランドだ」、とまったく手綱を緩める気配を見せない。まさに、「AIのカンブリア爆発」時代にあって、独創的アーキテクチャーが市場原理のふるいにかけられている状態である。