このところ米国による対中国への輸出規制について、AI半導体を中心に急速な動きが目立つ。その発端はAI半導体市場で圧倒的な存在感を持つNVIDIAのCEO、Jensen Huangのロサンゼルスで開催された業界会議での発言だ。

米政府の対中輸出規制についての姿勢がなかなか定まらない事態に直面して、今や米国半導体ビジネス界の代表とも言えるJensen Huangのはっきりとした意思表明は「米国半導体の輸出規制撤廃こそが米国主導を維持する唯一の道だ」、という見解だ。

関税政策をめぐる米政府の定まらない姿勢に業を煮やしたHuang

米中の技術覇権競争が激化する中、最先端製品を世界中に提供するNVIDIAは米政府による対中輸出規制に対応したダウングレード品のH20を準備したが、このダウングレード品も輸出規制の対象になるという米政府の判断に、来月予定されている決算を前にして、この規制で被る損金の引当金費用を計上するという発表をした。

相変わらず精力的に世界を飛び回るHuangは、最近ロサンゼルスで開催された業界会議での発言を前に、中国を訪問しAI新興企業ディープシークのCEOを含む業界/政府関係者と精力的に会談した。その際には中国市場で活躍する企業らとのビジネスに関する協議を重ね、中国市場の最前線の情報を持って帰った。

Huangの発言で明らかになったのは、中国のAIおよび半導体の自国内での技術開発は相当なレベルにまで達しており、NVIDIAを含む米国企業はさらなる技術開発を加速させて追いすがる中国勢を振り切るしか今後の発展はない、という衝撃的な事実だ。そのためには世界最大の半導体市場である中国に対する輸出禁止はビジネス上の大きな障害となり、ひいては米国の主導的立場すらも脅かされる危険性がある、という点にまで踏み込んだ。

  • NVIDIAのJensen Huang CEO

    NVIDIAのJensen Huang CEO (写真は2024年に開催されたNVIDIA AI Summit Japanにて編集部が撮影したもの)

H20の輸出規制を受けて、NVIDIAは再び規制をかいくぐるスペックのダウングレード品を開発中であるという。世界市場で勝利するためには、敢えて中国市場に進出し中国企業と競争する以外には自社の優位性を防衛する手立てはないという明確な立場を具現化しようとしている。AI半導体2番手につける、AMDの最近の決算発表でもCEOのLisa Suが「米政府の輸出規制による不確実性」を理由に、今後のビジネスの見通しについて不可抗力要因を挙げている。

  • AMDのAI半導体「Instinctシリーズ」

    AMDのAI半導体「Instinctシリーズ」 (編集部撮影)

米国からの輸出規制の中で着々と進化を遂げる中国半導体技術

5年前の前トランプ政権中、米国の技術を盗んでいると糾弾された中国のファーウェイはその後も中国内におけるITインフラのエコシステムを着々と構築しつつある。

以前と異なるのは、ファーウェイがその成果を中国外に高らかに発表する事がなくなった点だ。しかし、実際には技術集団のファーウェイを中心に、IT/半導体サプライチェーンのクラスターが各分野で高いレベルの技術を確立しつつある。

ファーウェイ自身は最近Windows OSに代わるHarmony OSを発表し、Microsoftに頼らないソフトウェア環境を整備した。生成AI開発では、低コストで高い性能を実現したディープシークの登場が記憶に新しいが、これは単に氷山の一角である可能性が非常に高い。半導体では、ファブレスのデザイン企業であるHiSiliconやHygon、そのデザインの製造を請け負うファウンドリ会社SMIC、そして見逃せないのが、DUV製造装置でマルチパターニングによる先端プロセス品製造の歩留りを飛躍的に上げる技術を開発したSiCarrierなどの企業がいつの間にか相当レベルの技術力を達成している事だ。

NVIDIAのHuangが警鐘を鳴らすのは、米国からの輸出規制によって入手できない技術を自国エンジニアの絶え間ない努力で開発した企業群が、中国という世界最大規模の市場に独占的に提供できる構図が出来上がりつつある事実である。

トランプ大統領率いる米国行政府はこうした最前線の事情には疎い(あるいは施策の失敗を認めたくない)という点で、実ビジネスを統率するJensen Huangの見解は大変に貴重である。

自由競争のみが発展を支える半導体業界

皮肉にも、米国による輸出規制自体が中国のエンジニアのモチベーションを高め、最先端半導体の製造技術をこのレベルまで高める結果となった、という印象を持つのは私だけではないだろう。いつの時代でも技術競争は自由な競争原理のもとに各企業が切磋琢磨する状況で発展するものだ。