NVIDIAの時価総額がMicrosoftを抜いて世界トップになったというニュースがあちこちで報道された。「NVIDIA? 何の会社?」というのが業界外にいる多くの一般人の反応だと思われるが、生成AIの登場以来、主要各社の動きは目まぐるしく、関連ニュースには敏感な私でも「これってどうだったんだっけ?」といろいろ関連情報を検索しながらやっと追い付いていっている感がある今日この頃である。自分の頭を整理するためにも、ちょっとまとめておこうと思い、このコラムを思い立った。

AppleのAI参入で各社の立ち位置がますます複雑に

事がややこしくなったのはOpenAIを組み込んだ“Apple Intelligence”のニュースがきっかけだった。OpenAIといえばChatGPTをCopilotに取り込んでいよいよ勢いを増す大株主のMicrosoftだが、そのMicrosoftとAppleは仇敵の間柄。これはWindows PC対AppleのMacという二項対立の構図を長い間見てきた私の反応だったが、エッジAIプラットフォームではOpenAIを共有する形となった。もっとも、Appleは自社のSiriを発展させたうえで、OpenAIをプラグインとして実装したというイメージなので、外部の他の優秀なプラットフォームが出現すればそれを新たに取り入れる可能性もある。

ともあれ、データセンター側のAI半導体は現在のところNVIDIAの独り勝ちで、それをAMDやGoogle、Amazon、Microsoft、Metaなどが追いかける状態で推移する予想だが、今回のAppleの発表で、いよいよエッジ側でのAIの争いが激化する感がある。

AppleとMicrosoftの方向性で顕著なのが独自ハードへのこだわりである。ArmをベースとするCPUは省電力化とスケーラビリティでx86を上回り、今後はArmネイティブなソフトが次々と開発される事も考えられる。ArmベースであるがCPU独自設計の方向性を取ったAppleに対して、MicrosoftはQualcommのSnapdragon Xシリーズを採用し、NPUを活用する「Copilot+ PC」の第一陣として注目を集めた。

Armといえば、ソフトバンクから独立した企業となったが、かつてはソフトバンクとNVIDIAの間でArmのNVIDIAへの売却が計画されていた。結局、当局とユーザーからの反発で実現には至らなかったが、NVIDIAの独り勝ちの現状を考えると、この動きは業界での競争原理を維持するためにも大きなものであったという印象がある。技術主導の業界では、その時々の力関係から新たなパートナーシップが生まれるが、その関係性は新たな技術の出現で簡単に崩れる可能性を内包しているのである。これは顧客とサプライヤーの関係性にも当てはまる。1980年代に業界誌で見かけた広告のイメージで面白いものがあったので掲載しておく。

  • 同じ陣営にあるとしても他の分野では敵対する関係もある

    同じ陣営にあるとしても他の分野では敵対する関係もある (著者所蔵品)

先端半導体の生産で厳然たる黒子を勤めるTSMCの存在感

こうした表舞台での各社の派手な立ち回りの影で、厳然たる圧倒的存在感を持っているのがTSMCだ。TSMCは現在最先端の3nmプロセスでAppleからの注文に応えているが、他の先端ファブレス顧客からの旺盛な需要に応えるべく生産能力を増強中だという。その中に、新たにIntelが顧客として加わるという報道があった。Intelは「AI PC」を直近のビジネスの中心に据えるが、その次世代プラットフォーム「Lunar Lake」(開発コード名)のコンピュートタイルなどの生産をTSMCに委託するという。目下、IntelはIDM2.0を掲げ、ファウンドリ会社への道を突き進んでおり、米国を中心とする先進各国からの巨額の補助金も含め、新ファブを各地で建設中で、一部はすでに稼働しているが、まだ今のタイミングとしては、相当の数の最先端プロセス製品を提供するのにTSMCを頼った方が良いという判断なのだろう。将来的にはファウンドリビジネスでの大きな脅威となりうるであろうIntelを虎の子の先端プロセスの顧客に迎えるTSMCは技術の趨勢をしたたかに読み、顧客と競合の関係性をうまく使い分けている印象がある。この辺の感覚は「TSMC:世界を動かすヒミツ」という最近の本を読むとかなり腑に落ちる。従来の先端プロセスでの主な顧客リストにはApple、AMD、NVIDIA、Qualcommが名を連ねていたが、ここにIntelが加わることになり、そのキャパシティの獲得に各社が競い合うことになるのだろう。

ますます重要性が増すハードウェア「半導体」

こうした報道を見ていて強く感じるのが半導体というハードウェアの重要性である。最近かなりギークな業界誌で「TeslaがデザインしたウェハスケールのAI学習用半導体をTSMCが生産中」という記事を見かけた。SoW(System On Wafer)についてはCerebras社が先行して製品を市場投入しているが、AIを本気で追及すると最適解を求めるためには自社で半導体を手掛けざるを得ない、というのが実態なのだと思う。コンピューターサイエンスの先駆者として知られるAlan Kayは「ソフトウェアに対して本当に真剣な人は、独自のハードウェアを作るべきだ」という言葉を残した。この言葉は、Appleを現在の地位までに導いたSteve Jobsに受け継がれ、その後に出現したAIの技術競争でも未だに真実を突いている感じがする。

  • Teslaの「Dojoシステム」

    Teslaの「Dojoシステム」と呼ばれるスーパーコンピュータ。上から2つ目がウェハ1枚を使ったSoW。TSMCのパッケージ技術「InFO-SoW」を用いている模様である (出所:Tesla)