以前に私が書いたTSMCについての記事の中で、Microsoftが“Athena”というコードネームで機械学習用チップの独自開発をしているらしいという報道をご紹介したが、連休中に「どうもMicrosoftはAMDとAIチップの共同開発に乗り出しているらしい」という内容の記事を米国のニュース社Bloombergが掲載した。この記事をきっかけに、複数のメディアがこの件についての観測記事を掲載している。ただし両社からの正式発表はないので詳細は分からない。

ChatGPTの発表以来AI絡みの報道の急増ぶりを見ていると、現在この市場がとんでもないスピードで拡大していて、OpenAI/Microsoftに対抗するために大手各社がより性能の高い高級言語モデルのAI開発を加速している事を実感する。各国政府や情報当局もこの野火のように広がるAIブームを何とかコントロールしようとしているが、今のところ現状は拡大が速すぎて制御不能の状態である。

この空前のブームの中でNVIDIAがその存在感をかつてないレベルに高めている。A100/H100 Tesor Core GPUを中心とするNVIDIAのAI開発プラットフォームはこの急拡大する市場で“デファクト・スタンダード”となりつつあり現在一人勝ちの状態である。

  • NVIDIA H100のイメージ

    NVIDIA H100のイメージ (出所:NVIDIA)

Jensen Huangの先見の明によりAI開発プラットフォームで一日の長があるNVIDIA

1993年にNVIDIAを共同創立したJensen Huangは、30年の長きにわたりCEOとしてNVIDIAを引っ張ってきた。画像処理用の半導体デバイスに特化してきたNVIDIAであるが、その並列計算に優れた構造が実は画像処理だけでなく、AI機械学習などのヘビーなワークロードに高速に対応する利点がある事に目をつけて、10年以上にわたって独自のプログラミング言語CUDAを中心に据えて開発用のエコシステムをコツコツと創り上げてきた。

Jensen Huangの先見の明がここへきて見事に開花したという印象がある。AMDを含めて、多くの半導体ブランドはシリコンベースの高性能ハードウェアの開発に明け暮れるために、開発用のソフトウェア環境の整備はシステム開発には必須とは知りながら、ソフト開発の重要性についてしっかり認識して、自らが多くの投資をするまで手が回らないのが現実だ。

その点、Jensenは来るべきAI時代にシリコンベースのハードウェアのポテンシャルを最大限に引き出す開発ソフトウェア環境がいかに大切となるかを最初からよく理解していた。画像処理用のGPU市場ではNVIDIAを常に猛追するAMDであるが、AI市場での存在感はほとんどない。

システム開発エンジニア達の大半が、NVIDIAのソフトウェア環境に頼っているという理由でデバイスの選択はNVIDIA一択という状態になっているのが現実である。Jensenの将来に対する洞察力の素晴らしさにはいつも脱帽させられてきた。その“一択状態”は、市場規模が急速に拡大するにつれてやがて“市場独占”という状態に発展し、独占企業には巨額の利益が生み出される。パソコン市場で起こったCPUのIntelによる長年にわたる独占状態を経験してきた業界人たちはこの辺の事情を肌で感じ取る。そして、デファクト・スタンダードが形成される過程には常に挑戦者が現れて、独占企業への一方的利益還流を阻止しようとする力学が働くのがこの業界の特徴であり、面白さでもある。

今後の展開が期待されるAMDとMicrosoftのAI分野での協業

かつて、Intelとともにパソコン市場を独占し大企業となったMicrosoftは、急速な拡大を見せるAI市場において肝となる機械学習用のAIプロセッサーとその開発プラットフォームを一社に頼る状態が如何に不利かを認識し、それに対応する綿密な戦略を考えることは当然の流れであったと思われる。そのMicrosoftはChatGPTのリリースをきっかけに検索市場をほぼ独占してきたGoogleをターゲットにし、その素早い動きは市場全体に大きなうねりをもたらした。そのMicrosoftが半導体デバイスの協業パートナーとしてAMDを選んだというニュースは今後の大きな展開を期待させる。AMDとMicrosoftの協業は下記の点において非常に分かりやすい。

  • AMDはCPU/GPU/FPGAという大規模なロジック半導体設計に要求される殆んどのIPと技術的経験を蓄積している。シリコンパートナーとしては理想的である。
  • AMDとMicrosoftにはゲームコンソール機XboxのエンジンとなるAPUを共同開発してすでに10年以上の協業経験を持っている。
  • 最先端の生産技術とキャパシティーについては両社ともTSMCという共通のパートナーとの緊密な関係を構築している。
  • ハード/ソフトともに独自開発のNVIDIAがそのIPを外部に持ち出すのを嫌う傾向があるのに対し、顧客志向のAMDとはパートナー関係が組みやすい。AMDにとっても大規模なデータセンターを運営し、AI市場で頭一つ抜けた存在のMicrosoftから得られるデータセンター側の要件についての知見が高められるメリットもある。
  • Intelの市場独占へのAMDのチャレンジには長い歴史がある

    Intelの市場独占へのAMDのチャレンジには長い歴史がある (筆者所蔵品)

こうした点を考えると、すでにIntelのCPU市場での独占を切り崩したという実績をもつAMDが、ソフトウェアの巨人であるMicrosoftと伸張著しいAI市場で協業する事には大きな期待が持てる。先月の第1四半期の決算発表でAMDのCEOであるLisa Suが「AMDがこれから最もフォーカスするのがAI市場である」という明確な宣言をした意味もよく理解できる。

AMDは独占企業切り崩しの次のターゲットとしてNVIDIAを据えたという印象が強い。

AI市場がいよいよ第二段階に入ったというのは確かなようだ。