2021年の年末、私は「インドの虎は目覚めるか?」というタイトルでコラムを書いた。

半導体生産基地を自国内に創設しようとするインドの姿勢を書いたが、その頃から市況は激変した。世界的な半導体の供給不足は現在ではまるでなかったかのように、一転して流通在庫が積みあがる状況になり、メモリーを中心としたコモディティ製品は価格下落が止まらない。こうした状況を受けて業界は固定費のコストカットに舵を切るが、数々のシリコンサイクルを生き抜いた各社は、この状況が一時的なもので、今後も市場は成長し続けることを疑わない。

中長期的な戦略プランに従って、粛々と将来への備えのために巨額投資案件を打ち出す。この点がまさに他産業にはない半導体業界特有の際立った特徴であり、痛い目にあっても懲りない連中の集まりであるこの業界で生き抜く人々の飽くなき活力を生み出している。

しかし、究極の装置産業である半導体における巨額投資の条件は年々厳しくなっている。投資額が巨大になるに連れて、ブランドの淘汰が進み、ロジック、メモリー、アナログ、ファウンドリと言う各分野での業態の固定化が顕著になった。この業界の動きに加えて、一昨年ころから顕著になったのが先進諸国による生産キャパシティーの囲い込みである。各国政府は巨額の補助金をこぞって提示し、自国内での半導体生産を誘致しようとするいわゆる“半導体ナショナリズム”と呼べるような状況が現出している。経済力や軍事力に加えて半導体技術力は世界勢力地図における国力の重要な指標となりつつある。こうした中で、昨年は米国と日本で大きな投資案件が具体化したが、今年はインドがこれに続く予兆が出てきた。

2023年中に人口が中国を抜く予想のインド

年明けからやたらと目立つようになったのがインドに関する報道である。国連の推計によると、すでに14億人台に達しているインドの人口は今年中に中国のそれを追い抜くだろうという。

しかも、14億人を超す人口のうち15歳から64歳の労働人口は9億5000万人となり、総人口の7割を占めるという状況は衝撃的である。IMF(国際通貨基金)も2027年にはインドのGDPは日本を抜き世界第3位となるという予想をしている。目を見張る経済成長に支えられて、所得水準も着実に上がっている様相で、インド自動車工業会の発表によると昨年のインドにおける新車販売台数がすでに日本を上回る規模になったとの報道もあった。

インドのモディ首相は「メイク・イン・インディア」の大きな目標を掲げており、その対象として半導体の国内生産は中心的に位置づけれられ、巨額の政府補助金を伴う実効性のあるインセンティブ政策が次々と打ち出されている。この政策は半導体・電子機器製造分野で先行して進められるが、急成長が予想されるEV、自動車部品、2次電池(セル)なども追加されている。

経済が急拡大するインドには下記のように半導体やIT分野での成長を支える条件が揃っていると思われる。

  • 英国植民地時代を経験したインドには英語に堪能な高学歴の人材が揃っている。ごく最近ではインド系の両親を持つリシ・スナク氏が英国首相として選出された。
  • 覇権国として勢力を拡大する中国に対峙できるポテンシャルを持つ民主主義国家であり、日本、米国、英国、オーストラリアなどとの親和性が高い。
  • MicrosoftやGoogleなどの巨大企業のCEOがインド出身である事でも明らかなように、米国のハイテク業界に優れた人材のネットワークがすでに構築されていて、特に技術職での技能に優れ、起業家精神を持った人材が豊富である。

私もAMD勤務で多くのインド出身者と仕事をする機会に恵まれたが、技術に強みを見せるインド出身者は例外なしに優秀で、非常に上昇志向が高い人たちだったという強い印象を持っている。AMDで親しくなったあるインド出身者は「半導体などのハイテク分野は、既存の産業と違い、キャリア形成の過程で厳然と存在するカースト制度の影響を最も受けにくい分野であることが半導体業界になだれ込むインド出身者のモチベーションになっている」、という話を聞いたことがある。かなりうなずける話だ。

これらの人々がハイテク分野でのインド出身者の第一世代だとすれば、2兆円強と見られる半導体市場を抱えるインドで、自国での半導体生産を担うのは第2世代と言えるだろう。現在、国内で消費される半導体のほぼ100%を輸入に頼るインドで自国内での生産を担う第2世代は着々と育っている。すでに、AMDやNXPなどの半導体メーカーはインドにデザインセンターを展開しているし、インドは世界中のITサポートを請け負う会社が拠点を構え、優れたIT人材が豊富であることは誰もが認めることである。

米国と日本での大規模進出を発表したTSMCや、バイデン政府の巨額補助金を受けてアリゾナでの新工場建設に動くIntelの動きと呼応するかのように、最近台湾の有力紙に興味深い記事が載った。半導体ファウンドリ市場で世界第7位の台湾Powerchip Semiconductor Manufacturing Corporation(PSMC)社がインド国内での半導体生産を目指してインドの複数企業との交渉を開始したという記事だ。

  • 200mmウェハファブに加え、300mmウェハファブを複数有するPowerchip

    200mmウェハファブに加え、300mmウェハファブを複数有するPowerchip。主にレガシープロセスをファウンドリサービスとして提供している (写真はイメージ)

メモリーメーカーとしてスタートし、パワー半導体などに強いファウンドリ企業に転身したPowerchip社のHuang会長は半導体生産のグローバル化の必然性を訴える。台北での自動運転技術の業界団体主催のイベントで飛び出したHuang会長のこの発言では、交渉はまだ初期段階で詳細については何も明らかにされなかったが、自動車市場が急成長するインドとパワー半導体に強いPowerchip社との相性はいいように思える。Powerchip社は中国本土でのファウンドリ工場建設の経験も持っていて、成長のポテンシャルは大きくあるものの、「地域政府の独立色が強い」、「物流や電力などの生産インフラが非力」などの特有の問題を抱えるインド市場に打って出るリスクを勘案しても先行者利益を目指す条件がそろったとも考えられる。

インド急成長の報道との対比が目立つ中国の昨今

冒頭の人口増加の報道と強い対比をもって報道されたのが人口が減少に転じる中国の実情だ。

「61年ぶりの人口減少」という衝撃的な統計を発表したのが中国国家統計局であることから、その深刻度は推して測るべしだ。すでに中国政府は出産制限を事実上廃止しているが、少子化に歯止めがかからない。人口構成での老年化はさらに深刻で、若い労働力が台頭するインドとは厳しい対比を見せる。EVや電池などの分野で世界でのリードを広げる中国ではあるが、半導体のロジックとメモリー分野では苦戦が続く。米中対立の激化で先端プロセス向け製造装置が輸入できないのが大きな原因だ。もともと汎用メモリーとロジックファウンドリに比重が大きかった中国半導体メーカーだが、先端品用製造装置が輸入できなくなり、SMICやYMTCなどの代表的企業の今後のビジネス展望もおぼつかない。最先端品で米国に追い付こうという当初の目標を変更し、強みのEVを支える半導体として最先端の微細加工技術を必要としないパワー半導体へ投資の舵を切っている。ロジックでも14/16nm以上の古いプロセスへと、製造技術に対象を拡大している。EVの制御に必要となるマイコンなどの製造に力を入れるとみられる。

「半導体ナショナリズム」の様相を見せる世界の半導体業界の動きは、まるで世界情勢の縮図のようで、我々にいろいろな示唆を与えてくれる。その中でのインドの今後の動きが注目される。