最近の米国の報道で興味深い記事があった。今年で創立55年目になるIntelが今までに蓄積した5000件に及ぶIP(知的財産)をIPビジネスを生業とするIPValue社にライセンスしたという話だ。
IPValue社は半導体・コンピューターに関するIPをライセンス契約で下取りし、それを必要としているメーカーに売るという典型的なIPビジネス請負人(言わばブローカー)である。
今月、“最悪の決算”と言われた第2四半期決算を発表して株価が急落したIntelが、5000件にも上る大量の特許をIPValue社にライセンス供与したニュースに、業界人の中には、「現業で儲けが見込めないIntelはIPの切り売りまで始めた」などの辛辣な反応をする向きもある。
大量の特許を放出するIntelとそれを他社にライセンスするIPValue社
今年で創立55年目のIntelは半導体業界の真のパイオニアである。「半導体集積回路の発明者」として広く知られるRobert Noyceや「ムーアの法則」の提唱者Gordon Mooreらがシリコンバレーに創業したIntelは、半導体に関するIPを世界で最も多く有する企業の1つである。そのIntelが比較的古い技術を中心に5000件近い特許・著作権などを含むIPをIPValue社にライセンスした事は、これからの半導体ビジネスの方向性を考えるうえで多くの示唆に満ちている。
今回IntelがIPValue社にライセンスしたIPは、次のように実に広範囲に及んでいる。
- マイクロプロセッサーやアプリケーションプロセッサーの設計に関する基本技術
- 通信・ネットワークに関する基本技術
- パッケージ技術を含む半導体デバイス製造に関する基本技術
IPValue社はIntelからこれらIPのライセンスを受けて、Intelに代わって他社にライセンス供与する。そのライセンス料がIPValue社の儲けとなる。2001年の創業以来、すでに2000億円以上の売り上げがある。IPをめぐる訴訟が日常茶飯事の半導体業界で、自社に多くの弁護士を抱え「訴訟を仕掛ける」、あるいは「仕掛けられた訴訟に対応する」のは非常にコストがかかることは確かで、それを専門ブローカー会社にアウトソースする事には高い合理性がある。
IPValue社のWebサイトを覗いてみると、いかにもやり手らしい法律、技術、投資、マーケティングに精通する経営者チームの物腰柔らかそうなプロファイル写真が掲載されているが、「高付加価値のIPをライセンスいたします」、「あなたの会社に眠っているIPに高付加価値を創造します」などという謳い文句の最後に、「訴訟はあくまでも最終手段です」、と付け加えているところがちょっと怖い感じがする。
自社のIPを総動員してAMDの進撃を阻もうとしたIntel
長年にわたるAMDとのCPU市場での競争において、Intelは技術革新分野だけでなく、法的な分野でもAMDの進撃を阻もうと、AMDに対して何度も訴訟を起こした。IPを根拠とした訴訟は少なくとも大小15件以上に及ぶ。それらの訴訟について多少なりともかかわってきた私の印象は、Intelの目的は自社のIP保護を勝ち取り、AMD製品の出荷停止命令を勝ち取るだけではなく、むしろ「IntelのIPを侵害したAMD製品」というイメージを市場に植え付けて、顧客によるAMD製品の採用にブレーキをかけるのが主目的であったように思う。
IntelがAMDに対して起こしたIP訴訟の種類には下記のようなものがある。
CPUの設計にかかわる特許・著作権侵害
一番こじれた例はx86マイクロプロセッサーの命令セットの基礎となるマイクロコードの著作権である。これについては「マイクロコードに著作権が成立するか?」という議論から始まって、5年に及ぶ法廷闘争の結果、「AMDはIntelからライセンスされた権利がある」という結論で終息した。
市場投入時のマーケティングに関する商標権侵害
IntelはAMDの互換製品Am386の出荷について、「386」という商標権を侵している、という理由で訴訟を起こしたが「単なる数字の羅列に商標権は成立しない」という結論で終息した。
コンピューター設計技術における特許侵害
有名なものに“Crawford 338特許事件”がある。この特許は「マイクロプロセッサによる効率の良いメモリアクセスに関するもの」という大変に広範にわたる広く応用性のあるものであった。Intelはこれを根拠にAMDのCPUを特許侵害としたが、AMDをサポートする台湾のマザーボードメーカーをも敵に回すことになり、結局訴訟を取り下げた。
Intelの15件以上にわたるIP関連の訴訟は、結局1つも勝訴できず、IntelはAMDの進撃を阻止することはできなかった。
コストがかかる訴訟を代行するIPValue社
IPValue社のプレスリリースを覗いてみると「XX社からのライセンスを受けました」、という発表が多く掲載されている。Intelを始め、NVIDIA、SK HynixなどがIPValue社の子会社とライセンス契約をしている。日本企業でも三菱電機やセイコーエプソンなどがライセンス契約をしており、IPValue社は2001年の創立以来、すでに製品レベルでは存在しないものでも後に価値が出ると思われるIPを積極的に取り込んでいる。
その一方で、「XX社との訴訟が開始されました」というニュースも掲載されているのを見ると、IPValue社はそれらのライセンスを基にして特許訴訟を仕掛けることも並行して進めている事がわかる。すでに、QualcommやAMDなどが訴訟を仕掛けられている。
特許訴訟では「貴社の製品は弊社の特許侵害に当たるため、司法機関に出荷停止命令を申請しました」、などという連絡を突然受け取る場合があるが、こうした場合、弁護士チームは相手方の製品を精査したうえで、「しかしオタクの他製品もわが社特有の特許を侵している」などの反論で和解に持ち込むこともケースとしては多い。IPValue社はこういったケースでも当該特許を所有していればビジネスをすることが可能だ。
今回Intelが放出したIPには製品に関するものだけでなく、製造技術についてのIPも含まれている。Intelがこれから展開するファウンドリビジネスでこれらのIPを競争力として使用するのかは不明だが、Intelは自社の弁護士が自ら出張らなくてもIntelに利する訴訟を起こすことは理論的には可能ではある。
IPがらみの今後のビジネス展開には目が離せないものがある。