今年も盛況だったCES

世界最大の国際展示会の1つである「CES(Consumer Electronics Show)」が今年も盛会のうちに終了した。正月明けに開幕するこの展示会は世界中の電子機器ブランドが新技術、新製品、新コンセプトを披露するまさに電子業界の新年の幕開けの号砲のようなイベントである。

私もAMD勤務時代は歓楽の大都市ラスベガス全体がお祭り騒ぎになるこのイベントには何度も参加したことがある。しかし華やかな展示会の裏では各社が重要顧客とのハイレベルな個別ミーティングをセットし、担当者は分刻みで移動しなければならない状態であって、営業職にあった私はミーティングルームの確保と重要顧客のお世話に奔走していたというのが現実であった。

さて今年のCESもたくさんの話題にあふれていた。電子業界がパソコン、スマートフォンに続く次のプラットフォームとして自動運転・電気自動車に対して大きく期待していることがはっきり提示された印象がある。日本企業からの発表も目立った。コンセプトカーを展示し、イメージセンサーの車載市場への本格参入をアピールしたソニーは大きなニュースとなった。御大トヨタは元旦の新聞広告での宣言通り「コネクテッド・シティー」の実証実験に自ら乗り出す大きな発表をした。こちらはさすがに規模の大きな話で、「この分野で先行する米中の後塵を拝すまい」とするトヨタの大きな決意が伝わるものであった。

  • CES 2020

    今年も盛会だったCES

スマートホームの業界標準を目指すZigbeeアライアンス

CESでの各社の発表はさておき、CESの参加企業が口をそろえて唱えていたのが「コネクテッド」という言葉である。

私が関心を抱いたのはCESに先立つように12月の初旬に発表されたAmazon、Apple、GoogleらとZigbeeアライアンスが発表した「Connected Home Over IPプロジェクト」である。スマートスピーカーを各家庭の情報ハブとして中心に据え、家電製品をすべてつなぐロイヤルティー・フリーの共通通信プロトコルを広く標準化しようとする試みである。

業界全体でつながるためのプロトコルを早く決めて、スマートホームの市場全体の成長を加速しようという非常に合理的なことであるが、このプロジェクトは実装用のオープンソース規格に関するドラフトを2020年末までに仕上げるという。私はこの非常にスピーディーなロードマップには大変に驚いた。

他の業界であったらそもそもこういう考えは浮かんでこないし、標準規格を打ち立てるまでに何年もかかる。日本の銀行が「ATMのハード仕様を共通化する」と高らかに発表したのは去年であったことを思い出した。IT・電子業界での市場創造のために繰り出される施策のスピードは年々加速している。こうしたスピード感に日本企業はついてゆけるだろうか?

参加企業を見てみると、Amazon、Apple、Googleの他にも半導体大手のNXP Semiconductors、家具大手のIKEA、スマート家電のSamsung SmartThingsなど幅広い業界から参加を得ている。ここには日本ブランドは今のところ見えない。ユーザーの個人情報を圧倒的規模で保有するGAFAの主要企業が乗り出したことによってこの標準規格が年末と言う加速的なロードマップ通りに決定される可能性は非常に高い。

市場創造のために複数企業がワーキンググループなどを立ち上げ業界標準を作るこうした動きでは各社が知見・ノウハウを持ち寄って素早く決めてしまって、実際のビジネスでは自社のコア分野で優位性を磨くという合理的な判断が求めらる。こういう分野では業界間の人の動きが盛んで風通しのいい欧米企業の方が圧倒的に速い。グループ企業の中で人材の動きが閉じていて情報の開示が限定的になる傾向が強い日本企業ではなかなかこうはいかない。

ミリ波通信規格を打ち立ててリードを狙うGoogle

標準規格を確立することが戦略的に使用される場合もある。Googleが相当規模のマーケティング費用をかけてプロモーションするPixel 4の発表に触れて意外に思ったのは、この新製品の日本での発表でGoogleがアピールしたのは主に内蔵カメラの高機能であったという点である。2眼にもかかわらず夜空を鮮明に撮影できるほど非常に性能のいいカメラを内蔵し、早々と3眼に移ったAppleのハードウェアでのアップグレードにソフトの充実で対抗するGoogleの優れた技術が光った。

しかし海外メディアで大きく取り上げられたもう1つの売りである「Soliレーダー」による非接触操作の機能は日本では封印された。

いろいろ調べてみると60GHz帯の周波数を使用するミリ波の標準が日本の電波法でまだ決められていないことが原因であるらしい。しかしGoogleは「このミリ波帯の規格は2020年の春にでも決定され、その時にソフトウェア・アップデートすることにより使用可能になる」とさりげなく説明している。何のことはない、Pixel 4は日本以外のミリ波の通信規格にすでに対応している国に持って行けばこの機能がオンになるという事である。日本の電波法での規格の策定としては異例の速さで、そのプロセスにはGoogleエンジニアの積極的な参加も聞かれる。ミリ波の使い道はすぐにでも登場しそうなARのアプリケーションを始め非常に広がりが大きいことが予想される。こうした先端分野での標準策定作業でリードを取り一気にビジネスにつなげてゆこうとするGoogleの強かさが強く感じられる。

  • Pixel 4

    GoogleはPixel 4を積極的にプロモーションしている

通信規格などの業界標準の策定プロセスをリードすることは市場全体の創造・拡大を促すというポジティブな面と、業界標準のプロセスを積極的(あるいは強引)に指導し市場をリードしようとする各企業の戦略的な両面を持っており、後者の動きが消費者の利益の観点からいってネガティブになる事もある。

私はAMD勤務時代にIntelの標準化委員会へのアプローチについて苦い経験をしたことが何度かある。1990年代後半、AMDがPentium対抗のK6を市場投入し、次期製品であるAthlonでのさらなる対抗戦を直前に控えたころ、IntelはJEDECに圧力をかけて業界標準メモリーインタフェースを強引にDDRからRambusが提唱するRDRAMへ変更しようとしたことがあった。この時はそのやり方があまりにも強引だったのと、RDRAM自体のコストパフォーマンスの問題からこのIntelの試みはとん挫した。標準委員会の策定委員会から完全にシャットアウトされていたAMDにとっては非常に厄介な問題であったが、結局エンド市場がRDRAMを受け入れず自然と勝敗がつき結局RDRAMはパソコンの標準としては一度も採用されてはいない。この時のIntelの動きは単にAMDを市場から排除しようとしたのが目的であり、消費者の利益は考慮されていなかったのではないか?

業界標準の利益を最終的に享受するのはエンドユーザーであり、それを無視して私企業が利益を追求する標準は結果的に普及しないのがこの世界の習わしである。