その道を極めた研究者ならば、きっと愛してやまないお気に入りのものがあるはず――。本連載ではさまざまな分野で活躍されている研究者の方々に、ご自身の研究にまつわる“好きなもの”を3つ、理由とともにあげていただいています。
今回は、古代トルコに栄えた「ヒッタイト王国」の政治外交史について研究を行っている歴史学者 山本孟さんお気に入りの楔形文字をご紹介します。
研究者プロフィール
山本孟 (Hajime YAMAMOTO)
1986年生まれ。2015年3月京都大学大学院文学研究科博士後期課程を指導認定退学。現在は、京都大学文学部の非常勤講師という身分で、博士論文を執筆中です。学部生時代に行ったトルコ旅行がきっかけで、古代トルコにあったヒッタイトという王国に興味をもち、その政治外交史を研究しています。主に、粘土板に刻まれた楔形文字を読んで、その言葉の使われ方から、古代人たちの「ものの考え方」を理解することを研究テーマとしています。趣味は海外ドラマ・映画の鑑賞です。最近は、ゾンビ映画・ドラマにはまっています! 現在、楔形文字からヒッタイト人の「愛」に迫る研究を行うためクラウドファンディングに挑戦中。
1. (AN)
メソポタミア文明で使われた楔形文字。楔形文字といえば、なんといっても(AN)です! 楔形文字の刻まれた粘土板を読んでいると、とにかくよく出てきます。楔形文字の使われ方は、日本語の中の漢字に近いものがあります。漢字で「行」と書くと、「い(く)/おこな(う)」もあれば「ぎょう」もありえるのと同じように、楔形文字はひとつの字にいくつもの意味や読み方があります。この楔形文字も、anやdingirという読み方ができます。anは「天」という意味で、dingirと読めば「神」を意味します。この文字は、元は星がきらきらしている様子をかたどったものですが、のちの時代には単純化されて横線と縦線の組み合わせになりました。ちなみに、なぜか「星」には、AN字を三つ組み合わせたMULという別の文字が使われます。
2. (KUR)
「山」や「国」を意味する(KUR)もよく出てくる文字です。漢字の「山」がそうであるように、KURも山の形を表しています。楔形文字を発明したシュメール人は、ティグリス・ユーフラテス河に挟まれた平地にあった自分たちの国とは違う、山々に住む野蛮な人々の「異国の地」を表すために、この文字を使いました。しかし、のちの時代には、KURは一般的に「国」を意味するようになりました。たとえば、ペルシア戦争などで有名なアケメネス朝ペルシア帝国の王ダレイオス1世は、「KUR.KURの王」=「国々の王」と名乗りました。ちなみに、京都にある同志社大学のロゴはこの文字をかたどったものだそうです。
3. (SAG)
「頭」を意味する(SAG)は、人の頭をかたどったものです。新しい時代の文字の形は、人の頭の原型をとどめていませんが、元はどこかかわいく思えてしまうような、顎のはずれたみたいな頭の形をしていました。日本語の「頭(かしら)」と同じように、トップという意味もあります。たとえば、今から約3500年前の古代トルコにあったヒッタイト王国でも、「SAG」は地位の高い役職にあった人のことを意味しました。具体的にどんな人たちだったのかははっきりわかっていませんが、宦官だったとかなかったとか。