その道を極めた研究者ならば、きっと愛してやまないお気に入りのものがあるはず――。本連載ではさまざまな分野で活躍されている研究者の方々に、ご自身の研究にまつわる“好きなもの”を3つ、理由とともにあげていただいています。

今回は本誌インタビューにご登場いただいた、謎の深海生物「テヅルモヅル」を研究する分類学者 岡西政典さんお気に入りのテヅルモヅル3種をご紹介します。

研究者プロフィール

岡西政典 (Masanori OKANISHI)
1983年生まれ。変な生き物好きが高じて、珍しい生き物に触れられる分類学を志す。東京大学大学院理学系研究科にて、テヅルモヅル類を含むツルクモヒトデ目の研究をテーマに学位取得。その後京都大学瀬戸臨海実験所を経て、茨城大学理学部に所属。現在はクモヒトデ類に研究対象を広げ、系統分類学的研究を軸に、行動、生態、形態学的な研究も行いつつある。深海生物を採集するため、調査船で日本中の海を回っており、最近はダイビングも行う。飲酒の際は記憶をなくさないように注意している。

1. ヒメモヅル(Astrocharis ijimai Matsumoto, 1911)

ヒメモヅルは、腕が分岐しないテヅルモヅルです。テヅルモヅルの多くは体が皮に覆われてぶよぶよしていますが、本種は堅い鱗で身を覆っているのが特徴です。クモヒトデ研究の大家の松本彦七郎氏が発見者であることもポイントです。その名のとおり体長数ミリと小さく、深海300mよりも深い海域で、希少なサンゴに絡んで生活しています(図1)。見た目も生態も珍しい種ですが、詳しいことはわかっていません。分布域は八丈島沖から四国沖。

図1 サンゴに絡みつくヒメモヅルの標本。盤径4mm。八丈島沖水深500mより採集

2. サキワレテヅルモヅル(Astroclon propugnatoris Lyman, 1879)

通常、テヅルモヅル類の腕の分岐は腕の根元からはじまりますが、サキワレテヅルモヅルは、その名の示すとおり、腕の先っちょしか分岐しません(図2)。腕を広げると体長30~40cmほどに達する大型の種で、世界的に見ても公的な記録はほとんどありません。沖縄の美ら海水族館で飼育されていたのを発見して、とても驚きました。その個体のDNA解析を行い、これまでの分類とは違うグループにすべきであることがわかりつつあります。本種も生態などに関しては謎だらけです。分布域は東シナ海、沖縄周辺。

図2 サキワレテヅルモヅルの標本。盤径25mm。東シナ海水深160mより採集

3. ユウレイモヅル(Euryale aspera Lamarck, 1816)

比較的浅いところ(水深10m~)に生息しています。が、夜行性なので簡単にはみられません。こちらも大型の種で、夜になると岩場から這い出してきて、潮通しの良い場所で長い腕を広げて餌を採ります。その様から「ユウレイ」と名付けられたのではと想像しますが、詳しいことはわかりません。以前、タイで調査をしたときに、昼間にサンゴに絡んでいる小型の個体を見つけたことがあり(図3)、ひょっとすると日本でみられる夜行性の種とは別種かもしれないと考えています。分布域はインド-西太平洋海域。

図3 ソフトコーラルに絡みつくユウレイモヅルの生体。盤径4mm。ナコーンシータマラート水深10mより採集