前回までに、自社でセールスイネーブルメント組織を立ち上げるにあたって重視すべき3つのポイントのうち、2つ目までを紹介しました。
セールスイネーブルメントを継続的な取り組みとして社内に定着させ、発展させていくには、経営陣の理解が必要不可欠です。理解を得るには、企業に対するセールスイネーブルメント組織の貢献度を示す必要があります。
今回は、3つ目のポイント「成果として判断する『指標』を経営陣と握っておく」について見ていきましょう。
組織の貢献度を測る指標の在り方
まず前提として、指標の適切な設定の仕方は企業によって大きく異なります。テスト的な取り組みとして始める場合は効果を測る項目を決めておくだけで問題ないかもしれません。しかし、しっかりリソースを投入して始めるとなると、どれくらいの期間でどんな成果を出すかを最初に決めることが求められる可能性もあります。
なお、私は最初から「◯カ月で◯%の効果を出す」とは決めすぎないほうがいいと考えています。理由としては、セールスイネーブルメントはまだ先行事例も少なく、他社でうまくいった方法をそのまま取り入れても、同じ期間で同じ効果が出るとは限らないからです。
セールスイネーブルメントの目的は、あくまでセールス組織として長期的に成果が出せるようになること。短期間であまりに高い効果を期待すると、「思ったより成果が出なかったから取り組み自体をやめよう」という判断につながりかねません。セールス組織強化のために、内容をブラッシュアップし続けるという覚悟の下、重要視する指標について経営陣と認識を合わせた後は、少なくとも最初の半年は明確な数値目標を定めなくてもいいのではないかと思います。
効果測定に使う項目は?
セールスイネーブルメントの効果を測る項目は、その企業が重要指標としているものにするのがお勧めです。企業によって重要指標は異なりますが、私の所属するGA technologiesの場合はARPA(Average Revenue per Account。セールス1人当たりの売上収益)、個人の成約率・目標売上達成率などを重視しているため、その観点で効果を測定しています。また、離職率など組織として課題を感じている数字もいいでしょう。
重要指標や課題など、経営側も重視している部分で効果を証明できれば、取り組みを続けることはもちろん、体制強化にも協力してもらいやすくなります。もし経営陣があまりセールスイネーブルメントに乗り気でない場合、まずはスモールスタートとし、きちんと導入前後のデータを集めていくことが非常に大切です。その後、データを基にしっかり成果が出ていることを伝えた上で、人員や予算などの認識を合わせていくのがベストでしょう。
取り組み前後で効果を測るために
弊社の場合、経営陣がセールスイネーブルメントについて「まずはやってみよう」という姿勢だったため、取り組み自体を始めやすい環境でした。社内初の取り組み、かつ他社の先行事例も少なく、どのくらい改善されるかは未知数だったにもかかわらず、「何かいい影響があるだろう」という見立てでスタートを切れたのは、当時の経営陣の決断力と先見の名のおかげだと思います。
その期待に応えるべく取り組みを始めるにあたり、すぐに明確な目標は定めないにしても、取り組み前後の変化はわかるようにしておかなければなりません。もともと弊社では、「AGNT by RENOSY」という自社開発のCRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)システムで、セールス活動に関するあらゆるデータを取得していたため、これを活用して変化を数字でチェックできるよう準備を整えました。
セールスイネーブルメント導入後、半年で振り返ったところ、導入前と比較して入社3カ月後、つまりオンボーディング終了時のARPAが大幅に改善されていました。課題だった中途入社者の立ち上がりに効果があると数字で認識できたことで、コンテンツの強化などにもより協力してもらえるようになりました。その後、半年単位で振り返りを実施していましたが、いつでも経営陣に報告できるように中途入社者の立ち上がり状況を数字でまとめていました。
なお、データによる「セールス活動の見える化」がまだできていない場合、少なくともセールスイネーブルメント導入時には着手しておくことを強くお勧めします。セールスに関するデータをあらゆるタイミングでとっておくことで、効果測定に役立つのはもちろん、何かセールス活動に問題が起きた時にも対処しやすくなります。個人やチームごとの活動量や成約率などの推移を見ることで、個人や組織の課題が圧倒的に把握しやすくなるからです。
可能ならば、「必要なデータを取得する人」「それを基に仮説を立てる人」「取り組みを推進する人」を設けられると、より素早くPDCAを回せるでしょう。その上で、セールスイネーブルメント担当者は、セールスに関する数字をいつでも自由にチェックできる状態をつくることがとても重要です。
「社員の声」の活用
定量だけでなく、定性データもセールスイネーブルメントの効果測定には欠かせません。その筆頭が「社員の声」でしょう。弊社では、オンボーディング期間の3カ月が終わった後、受講者にアンケートを実施しています。コンテンツや指導についての感想、もっと良くできることなど、率直に答えてもらった内容の数々は、取り組みの効果を推し量る重要な材料の1つです。
「親身にサポートしてくれたので成約がとれた」「頼れる場所ができて良かった」などの感謝の声が多いのですが、それと同時にコンテンツをブラッシュアップするポイントが見つかることもあります。
例えば、過去には受講者の声を基に、座学内容を一新したことがあります。以前は、既存の営業資料をベースに、会社概要や商品情報のインプットをしていました。しかし、いざ商談、となったときに、ただ聞き覚えたことを話しているような印象になってしまったという声が上がったのです。そこでこの「単なる知識の説明になってしまう」という課題を解決するために、初回交渉のトークスクリプトを教材にし、なぜこのタイミングで会社や商品の説明をするのかという意図や背景もセットで伝えるように変更しました。
もちろん受講者の声だけでなく、講師やメンターを務める自分たちの課題感、現場の声も反映させ、コンテンツを常に見直しています。現場の声を反映した一例が、第2回でお伝えした「ロールモデルの要素追加」です。オンライン商談が増えたのをきっかけに、現在活躍する若手の要素を取り入れました。常に課題意識を持って改善点を探し、よりよい育成コンテンツを作るためにも、定量だけでなく定性データもしっかり取得することをお勧めします。