国際研究チーム「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)・コラボレーション」は2022年5月12日、天の川銀河の中心にある巨大ブラックホール「いて座A*(エースター)」の撮影に初めて成功したと発表した。天の川銀河の中心に巨大ブラックホールが存在することを示す、視覚的かつ直接的な証拠となる。
研究成果は、6編の主論文と4編の公認論文として、論文誌『アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ』に掲載された。いったいこの画像から、どんなことがわかったのだろうか。
いて座A*の画像からわかったこと
いて座A*の姿は、中心が暗く、周囲が明るい、ドーナツのようなリング状をしている。
ブラックホールは光を放たない完全に漆黒の天体なので、そのものを見たり撮影したりすることはできない。そのため、ブラックホールの周囲でガスが放射する電波による明るいリング状の構造と、それに縁取られた、光も何もかもを吸い込んで何も見えない中心の暗い領域「ブラックホール・シャドウ」によって、“存在”として映し出されている。
この画像から、研究者は多くのことを見出している。その成果は6編の主論文と4編の公認論文として、論文誌『アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ』に掲載された。
まず、なによりも大きなのは、天の川銀河の中心に、たしかに巨大ブラックホールが存在することがわかったということである。
前述のように、これまでの研究では、いて座A*の周囲の恒星の運動から、いて座A*に非常に重くコンパクトな天体の質量があることはわかっており、2020年のノーベル物理学賞にも輝いたが、その天体がブラックホールかどうかはわかっていなかった。しかし今回の観測成功で、天の川銀河の中心に巨大ブラックホールがあることを、視覚的かつ直接的に証明したことになる。
また、得られた画像からはこのブラックホールについてさまざまなことがわかった。このブラックホールが無回転のときの事象の地平面の半径(シュバルツシルト半径)は、見た目の角度で9.6マイクロ秒角(1秒角は3600分の1度、1マイクロ秒角はさらにその100万分の1)と判明。地球からいて座A*のブラックホールまでの距離は約2万7000光年離れていることと合わせ、いて座A*のブラックホールのシュバルツシルト半径は約1200万kmであることがわかった。
1200万kmは太陽の直径の約8.5倍、地球と月の距離の約31倍に相当し、光の速さで40秒かかる距離である。ブラックホールはよく「コンパクトながら大質量の天体」と紹介される一方で、こうした銀河中心にあるブラックホールが"巨大"と呼ばれる理由がよくわかる。
また、今回の観測から見積もられたブラックホールの質量は、太陽の約400万倍とされ、これは前述したこれまでの恒星の運動の研究から見積もられていた値とも一致している。
さらに、リングの大きさがアインシュタインの一般相対性理論の予言と非常によく一致しており、この天体がブラックホールであることに矛盾はないという。
研究チームは「いて座A*の画像から得られた事象の地平面の視半径は、ほぼケプラーの法則にしたがって楕円軌道を描いている星たち(事象の地平面の半径の1000倍から10万倍の距離に観測されたもの)から予想されたものと矛盾しませんでした。リングの中央は最も明るいピークから30%暗く、事象の地平面の性質から示される特徴と合致していて、事象の地平面の存在が支持されています。この結果、ブラックホール以外の天体として考えられる天体のいくつかは排除されました。たとえば、『裸の特異点』や『ボゾン星』として提案されているいくつかの理論モデルです」と語る。
ただ、「それでも、いくつかの天体の理論モデルにはブラックホールと同様、中央の暗い画像と似た特徴をもつものがあります」とし、ブラックホールではない可能性に含みも持たせている。こうした「確からしい」ということは、科学の、とくに新しい発見などにおける当然の態度であり、こうした「確からしい」の積み重ねが科学を作ってきた。それは、こうしてはっきりとした画像が得られてもなお、変わることはない。
一方、同時期に撮影され、そして先に画像が公開されたM87の中心にある巨大ブラックホールとの比較も興味深い。
M87の巨大ブラックホールの質量は、太陽の約65億倍、いて座A*は約400万倍と、約1500倍も違う。
研究チームのひとり、東京大学大学院の小藤由太郎氏は「同じ銀河中心のブラックホールと言えども、いて座A*とM87中心のブラックホールとは、性質はまったく異なります。いて座A*は、この種のブラックホールの中では最軽量です。一方、M87の巨大ブラックホールは最大級のものです」と語る。
「EHTによって、太陽の数百万倍から数十億倍の質量の、つまり巨大ブラックホールの中で最軽量のものから最大級のものまでの存在が証明できたことが大きいです」。
これほど質量に違いがあるにもかかわらず、ともに明るいリング状の特徴をもったドーナツのような形をしており、素人目で見てもとてもよく似ている。
じつは、これもアインシュタインの一般相対性理論と一致している。アインシュタインは「どんな質量のブラックホールでも光のリングが観測される」と予言しており、両者で同じドーナツのような画像が得られたということは、まさにその予言どおりであることが証明されたのである。
ついに撮影されたいて座A*。今後、研究の積み重ねや、EHTの性能向上、それによるさらなる研究の進展により、いて座A*について、またM87中心のブラックホールをはじめとする他のブラックホールについて、さらにそれぞれの比較を通じて、これからより多くのことがわかっていくだろう。
(次回に続く)