以前、大規模ペイメント組織にSAFeを導入する事例を紹介しましたが、他にもさまざまな事例が出てきています。その一つが、SAFeを適用して金融機関の顧客に新たな価値提供を進めている組織「OpenCanvas Atelier(以下、OCA)」です。

今回は、2022年2月24日に開催された「第26回 Japan SAFe Meetup」で、筆者を含むNTTデータのメンバーが登壇した事例講演「金融サービスの革新に向けた既存の枠組みを超える組織作りへの挑戦~“Open Canvas Atelier”の目指す未来~」の内容を基に、SAFe立ち上げ時の課題のほか、組織のやり方を変えようとする際にSAFeが発揮する効果について説明します。

今回解決する課題

今回解決する課題は、以下の3つです。

  • A-1:優先度の高いビジネスアイデアがあっても、開発の着手までに時間がかかる
  • C-1:従来のシステム開発の進め方では、顧客・親会社の期待するスピード感についていけていない
  • C-3:顧客・親会社の関係者とIT・開発メンバーがフラットな立場で開発を進められていない

それでは、発表の内容を見ていきましょう。

なぜSAFeを選んだか?

最初に登壇したシステムアーキテクト(AT)の渡邉優作氏からは、まずOCAの概要とSAFeを選んだ理由について説明がありました。

OCAの基になる組織は、NTTデータの金融分野において、以前から数多くの金融サービスを提供していた。これまでも顧客の要望に応えてきたが、顧客のビジネスを取り巻く環境の変化に伴い、システムに対する要望だけでなく、ITやデジタルを今後どういった事業に適用すべきかといったことも含め、相談内容が変化しつつある。そこで、より顧客の視点に立った組織として立ち上げられたのがOCAだ。

また、もともとNTTデータでは、銀行に対してインターネットバンキングなど共同利用型サービスのシステムを提供していた。その組織体制は、営業担当、開発担当、運用担当といった具合に専業型で構成されていたが、世の中の不確実性が高まっている今、「モノを作って顧客に見せ、評価を得る」ような活動は難しく、アジリティが出せていなかった。こうした状況を打破すべく、OCAへのSAFe導入に向けた取り組みが始まったのである。

渡邉氏は、SAFeを選んだ理由として、以下の3点を挙げる。

  • 経営層の課題感とSAFeが提供している価値感が一致しており、経営層に受け入れられている。品質に対する考え方や、デファクトスタンダードである
  • 先に「多数のサービスを立ち上げる」ということが決まっており、立ち上げの際にScrumで取り組もうというやり方がOCAと相性が良かった
  • ロードマップなどの多数のナレッジがあり、コミュニティや研修が充実していて、社内にも専門家のメンバーがいる。これにより、ビジネスを立ち上げようとした際に高い推進力が得られる

SAFeの立ち上げに際しては、まず、2021年の1月にLACE(Lean-Agile Center of Excellence)を立ち上げ、同年9月に初めてのPI Planningを実施して本格的用を開始。現在は、Essential SAFeで進めており、将来的には、Portfolio SAFeを導入して経営と同期を取る予定だという。

渡邉氏は、現時点で得られている成果として次の項目を挙げ、「できていない点もあるが今後に期待している」と語った。

  • アジリティ高くサービスを創出できている。ビジネスが拡大できている
  • Scrumでの製版一体のワンチームで立ち上げができている。組織内の専門家やノウハウをSAFeのチーム内で容易に取り入れられ、サービス立ち上げの負荷が減った
  • メンバーのビジネス目線が向上している。PI Planningで点数をつけるなど、主体性を向上させる取り組みを進めている

OCAでのSAFeの立ち上げ

次に、リリーストレインエンジニアの横山祐司氏より、SAFeの立ち上げ時の現場の状況が共有されました。

横山氏によれば、基本的にはSAFeのImplementation Roadmapに沿って導入を進めたが、Agileチームの立ち上げや教育など、一部の活動は並列で実施しているという。解説は、導入準備と実施の2つのフェーズに分けて行われた。

導入準備

「導入準備時に一番重要だったのは、プログラム計画書の導入・作成だった」と横山氏は語る。プログラム計画書とは、組織の方針、イベント、人材、品質、コストのそれぞれの管理方針を記したものであり、この内容に沿って全員が行動できるというのが利点だ。

また、実際に準備の段階で意思決定をする際、方針に悩んだ点があったものの、計画書を基に意思決定を行うことができたため、一貫性を持つことができたとしている。

準備段階では、経営層にPI Planningの事前説明を行い、予算承認を得た。承認を得るにあたっては、事前にフィーチャーを準備し、予算調整を行う必要があったが、関係者が多く、チームごとに立ち上げフェーズが異なるため、予算承認のフェーズや機会・条件などもそれぞれ異なる。こうした事情から、調整のサポート・管理に苦心したという。

※ SAFeで提供されているものではないが、AgileでのWorking Agreementと内容が一致しているもの。

実施

実施当日までの準備は十分だったが、PI Planningの1日目は経営層との“目線”が合わない状況だった。初回は開発目線でのPI Objectives(AgileチームやAgile Release Trainが次のPIを達成するための事業目標・技術目標をまとめたもの)が出ており、「経営層からは厳しい指摘を受けた」と横山氏は振り返る。その後、フォロー対応を行い、ようやく2日目には経営層から評価を得ることができた。後日、経営層からはビジネス目線が低いというコメントがあったものの、現場からは前向きなコメントや内容の理解が得られたという。

次のPI2への対策として、PI Objectivesについて、記載する観点の共有や、ユーザーと市場を意識した長期的なPI Objectivesの追加を促した。また、各チームが事前に主体的に準備を実施。その結果、経営層からは高評価を得たが、高い目標設定となり、今後の状況を見守っている状況だ。

SAFe導入時のリアルな話 - BOを交えたパネルディスカッション

後半は、前半の講演者に加え、ビジネスオーナー(BO)の島村純平氏とSAFeコーチ(CH)の筆者(篠崎)が参加し、Scaled Agile 中谷浩晃氏のファシリテートの下、SAFe導入時のリアルな話を交えたパネルディスカッションが行われました。

現場の理解は得られたか? - SAFe導入のきっかけと利点

――SAFe導入の利点は、どんなものだとお考えですか?

BO 島村氏:SAFeの一番の共感点は、Core ValueやPrincipalであり、これを組織に導入したいと思ったのがきっかけです。顧客価値の最大化、複数の選択肢を持つ、フラットな組織構造を目指すなど、BOとして組織の変革に必要だと感じていた点と一致していました。工程ごとに成果物を引き渡す現状では、お客さまが作りたかったものとの乖離、エンドユーザーさまへの価値提供に疑問に思っていました。メンバーも疑問に思いながら開発を進めていることがあり、課題だと感じていました。

現在、PI Planningで経営層を巻き込んで取り組みを進めていますが、「なぜこの取り組みを実施するのか」を皆で納得感を持って進めていく仕組みがあり、Core ValueやPrincipalを具現化していると感じています。

――Principalが重要とのことですが、実際の現場での理解度はどうでしたか?

AT 渡邉氏:BOが話していたような顧客価値について、現場は急に目線は変えられません。ただ、PI Planningで経営層と直接意見交換して、少しずつ効果が見えてきています。特にモチベーションの変化は出ています。また、組織としては目線を変えてやっていかないといけないことだとも考えています。特に、外部環境が変化していることをメンバーが認識していることが重要です。チームのリーダー層くらいから、目線は変化しています。

RTE 横山氏:現場では、準備が不十分なところは多くありました。ただ、個人としては当初から、やるしかないと感じていました。期限に追われてやりきることでいっぱいいっぱいでした。

CH 篠崎:立ち上げの途中で難しさはわかったので、切り替えて何がダメなのかメンバーに体感させることに注力しました。また、金融系は情報共有が遮断されている方が効率的で正しいという雰囲気が一部にあったので、そこに疑問を投げかけることは常に意識していました。

BOが意識していることは? - 導入で生まれた“新しい兆し”

――組織をまとめていくという観点で、既存組織からのトランスフォーメーションをリードしていますが、どういった点を意識して進めていますか?

BO 島村氏:何のためにプロダクトや価値を提供しているのか、誰に対して価値を提供しているのかなどの理念を共有し、その上で多様性を持った組織にするようにしています。現在、社外からも注目を浴びており、組織と外部との関わり方の多様性が上がっています。価値観が多様であっても、理念や価値を中心に、何のためにこの仕事をしているかを考えさせることにはこだわっていきたいです。

――現場に権限を委譲することの難しさがあるが、どのような対応をして乗り越えられましたか?

BO 島村氏:組織の社風として、手厚くサポートする。悪く言うとマイクロマネジメントをする文化があります。BOとしては原理・原則には口を出しますが、細かい点は現場に委託することを意識しています。また、組織運営にあたってはメンバーのモチベーションを重視しており、理念やポリシーは何度も伝える必要があると思っています。

――実施の現場の雰囲気はいかがですか?

RTE 横山氏:皆さんがもともと前向きだったこともありますが、SAFeの研修を受けて原則を理解したこと、OCAの目指す姿を認識していることが大きいと考えています。例えば、RTEの活動で外部の方々と会話をする中では、話が噛み合わず、理解をしてもらえない点もありました。振り返ると、SAFeの原則を学んでもらったので噛み合っていたのではないかと思い恥じています。実はそういった教育の影響は大きいのではないかと考えています。

CH 篠崎:一定数、抵抗勢力はいます。また、このやり方に慣れていない方もいます。とは言え、そういう方々が活動全体を止めているかと言うと、そこまでではありません。コーチとしては、その方々を直接説得すると言うよりも、OCAの方針を伝えることや、Leading SAFeを実際に開催すること、OCAの活動情報を発信することなどで、間接的に情報を伝えるようにしています。

――ARTはすぐに脱線しますが、SAFeを導入したことで組織に新しい兆しはありますか。

BO 島村氏:RTEの発表でも説明があったように、PI1で経営層との考え方の乖離がありました。しかし、PI2では経営層からは良いフィードバックをもらっており、変化は感じています。メンバーに完全に浸透はしておらず、疑問に思っているだろうメンバーもいると思います。ただ、以前からは価値観が変わりつつあり、擦り合わせられてきています。経営層も現場の大変さに対する理解が進んでいます。工程分担で作業をしていると、自分の意見だけになりがちで作業をこなすことがゴールになりますが、PIの繰り返しによって、お互いを理解するようになってきています。

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講演では、表面的な内容で上手くいっているという話ではなく、まだまだ始まったばかりの課題が多く語られていました。PIが進むごとに課題が解決していく様子が共有されたので、参加された皆さんにはプロジェクトのリアルな温度感が伝わったのではないでしょうか。

講演の動画はYoutubeのSAFe for Japanのチャンネルで公開されています。本稿で紹介しきれなかった部分もありますので、ご興味がある方はぜひご覧ください。