今回はちょっと趣向を変えて、ユーザーインタフェースの話を取り上げてみよう。といっても乗客の話ではなくて、乗務員向けの話である。つまり、計器盤やモニター装置のユーザーインタフェースをどうデザインするか、というところが今回のテーマだ。

意外と遅かった運転台の電子化

お題は運転台に設ける計器類である。電気車であれば、速度計、圧力計(ブレーキ系統で使う圧縮空気の圧力を表示する)、電圧計、電流計などといったところが主体である。それに加えてさまざまな表示灯があり、1980年代以降は本連載の第1回で取り上げたモニター装置も加わる。

たいてい、真正面で主役を張っているのは速度計と圧力計で、電圧計や電流計が脇に置かれることが多い。それ以外にどんな計器をどこに配置するかは事業者や車種によってさまざまだが、過去の歴史的経緯や、事業者ごとの思想・事情の違いによるのだろう。

ともあれ、限られたスペースの中で何をどこにどう配置するか、どういうデザインにするかというのも、レッキとしたユーザーインタフェースの問題である。

市販の乗用車では1980年代からデジタルメーターがあったが、鉄道業界はこの点で意外と保守的というか堅実というか、機械式の計器を使う事例が大半を占めていた。例外は新幹線で、1985年に登場した100系がデジタル式の速度計を併設していた。ただしデジタル表示だけにしたわけではなく、バーグラフ表示と併用する形であった。新幹線電車はおおむね、他系列もそんな感じである。

JR発足後、JR西日本の207系みたいに、デジタル表示とLEDバーグラフ表示の各種計器を組み合わせる事例が出現したが、その後の新型車両では従来型の計器に逆戻りしてしまうケースも見られるのが興味深い。

207系の速度計と電流計

計器類でアナログ表示が好まれる一因として、細々した数字よりも針の動きが重要、という事情がありそうだ。速度超過は話が別だが、細々した数字の増減よりも、針がどう動いていて、どの辺に位置しているかをワングランスで把握できることの方が大事なのではないか、という話だ。

そういえば、グラスコックピットが一般的になった飛行機のコックピットでも、表示する内容やデザインは、アナログ計器の時代と比べて大きく変わっていない。やはり、ワングランスで状況を把握できることが重要なのだろう。そういう観点からLEDバーグラフ表示を見ると、使用するLEDの数があまり多くないせいもあり、表示が大雑把すぎたのかも知れない。

かといって、飛行機みたいにブラウン管でグラスコックピット化しようとすると、鉄道車両の運転台コンソールは奥行き方向の空間余裕がないから、グラスコックピット化できるほどの大きなブラウン管を設置するのは難しい。

LCDの普及で変化が?

そうした流れを変えたのは、モニター装置の普及、制御伝送化、そして液晶ディスプレイの普及だった、といえそうだ。液晶ディスプレイならブラウン管と違って奥行きが少ないから、鉄道車両の運転台コンソールに設置するのは難しくない。

といいつつも保守的な鉄道業界のこと、その液晶ディスプレイで機械式計器を置き換えるようになったのは、比較的最近の話である。機械式計器を模した表示にしているところも、飛行機と同様だ。「慣れ」の問題もあるだろうし、前述したようにワングランスで状況を把握するには、表示デバイスの種類に関係なく、針が動いてくれる方が具合がいい。

とはいえ、グラスコックピット化する方がメリットが大きい話はいくつかある。例えば、本連載の第6回で取り上げたデジタルATCみたいに、段階的な速度信号ではなく減速パターンを用いて速度を制御するタイプの保安装置では、その時点で「出してよい速度」が時々刻々、連続的に変化する。それを柔軟に表示するには、グラスコックピットの方が有利だ。

また、昔と比べると圧力計の表示単位がkg/cm2からkPa単位に変わったが、こうした表示内容の変更は、グラスコックピットならソフトウェアの修正で対応できる。機械式計器だと、計器をまるごと取り替えなければならない。

また、ユーザーインタフェースの面で不満や改善要望が出たり、新しい機能・機器の追加が発生したりといった場面でも、グラスコックピットの方が柔軟に対応できる。そのとき・そのときで必要な情報だけを選んで表示するのは飛行機だと一般的な手法だが、鉄道ではそこまでやっていないようだ。

見た目の先進性は重要ではない

鉄道車両だけでなく航空機でも同じだが、見た目が格好いいとか未来的とかいうことは、あまり重要ではない。むしろ、「感覚的に、状況をワングランスで把握できる」とか「表示内容を柔軟にコントロールできる」とかいうことの方が重要である。

そうした条件をクリアした上で初めて、デバイスの切り替えが実現できる。そしてユーザーインタフェースの変更は、デバイスの変更以上に慎重になる傾向がある。

そういう実用面の話を無視して、電子化やデジタル化を進めてもうまくいかないわけで、この辺は「商品性」がモノをいう市販乗用車と異なるところだ。もっとも、乗用車のメーターだって実用性をまったく無視しているわけではなくて、要は「実用性」「商品性」という枠の中で、どの辺にバランス点を置くかという違いなのだが。

また、計器盤の電子化であれ、あるいはモニター装置であれ、ユーザーインタフェースを設計する際には、ユーザビリティへの配慮、あるいは現場の声の拾い上げが大事である。ユーザビリティや現場の声を無視してデザインした「先進的計器盤」は、受け入れられずに廃れるのではないか。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。