有機ELの高画質をキャッチアップしてきたLCD

これまでアクティブマトリクス型有機EL(AMOLED)を中心に有機EL(OLED)の特徴や課題などを紹介してきた。それでは、中小型から大型まで様々な分野で使われているTFT-LCDと比較すると、どうなのだろうか。それぞれの特徴を見た後、OLEDはどのような方向に進んでいくのか考えてみたい。

まず、OLEDの特徴として最も注目されてきたのが高画質である点だろう。特徴を挙げると、以下の3つになる。

  1. 高いピーク輝度と完全な黒の沈み込みによる高コントラスト
  2. 輝度だけでなく、色相やコントラストも変化しない広い視野角
  3. LCDの1000倍以上とも言われてきた高速応答性

いずれも自発光デバイスの強みが活きた特徴である。

ソニーが2007年10月に発表した11V型OLED-TV「XEL-1」では、OLEDならではの特徴を生かして絵作りをした。全黒から全白まで光量が調節できる広いダイナミックレンジを最大限に生かし、ウインドウを絞った時のピーク輝度を上げた。これにより、ネオン映像の微妙な明るさの違いや、メタリックな映像の輝きなどを鮮明に映し出せるようにしたという。コントラストにおいては、画素に電流を流さなければまったく発光しないため、100万:1以上を実現している。深く美しい黒、微細な色の違いやニュアンスまでも忠実に再現した。色再現性はNTSC比110%で、最近の白色LEDをバックライト光源に用いている機種と比較しても広い。応答速度は数μs。視野角依存性もない。このように、画質のポテンシャルは非常に高い。

各種表示デバイスの性能比較。上は輝度の比較。LCDは白表示が最大ピークとなる。OLEDは光量を調節できるため、白のピークをさらに上げることができる。下は視野角の比較、LCDは視野角によって輝度、色度、コントラストが変化するが、OLEDは変化しない

ソニーが2007年10月に発表した11V型OLED-TV「XEL-1」

また、中小型では、バックライトが不要で薄型軽量化できる、低消費電力、タッチパネルを搭載する上での相性が良いなどの理由からスマートフォンで採用されている。この他、使用部材点数が少ない。LCDのように光学フィルムをたくさん使うこともないので、取り組み次第ではコスト低減しやすい。さらに、入力する電力に対する光取り出し効率では、LCDはバックライトからの光を光学フィルムやTFT、カラーフィルタ(CF)を通すことで5%程度になるが、OLEDは15%以上が期待されるなど、将来を見越したコスト削減においても有望とされてきた。

これに対し、LCDもさらに進化を遂げた。IPSやVA技術といった広視野角技術が向上した他、光配向技術が採用され、パネル透過率が高まり、画質、消費電力などあらゆる面において性能が改善した。中小型市場では、スマートフォン向けディスプレイでは、低温poly-Si(LTPS) TFT-LCDとAMOLEDが高精細化競争を繰り広げ、5型フルHD(1920×1080画素)まで進化した。大型では、TV用パネルで4K2K(3840×2160画素)まで高精細化が進んでいる。

なぜ有機ELテレビが売られないのか

一方で、OLED-TV用の大型パネルの開発にも注目が集まっている。しかし、"なぜOLEDの大型TVが必要なのか?"という問いに回答できるだけの材料が揃っていないのが現状と言える。大型LCD-TVに対し、薄型軽量、画質などのアドバンテージがあるが、生産コストが高いため、実用的な優位性はほとんど見受けられないからだ。さらに、消費電力も課題となっている。LCD-TVはバックライト光源にLEDを採用するなど、技術革新によって大きく低減することに成功している。2013年4月に発表されたソニーの55型LCD-TV「KDL-55W900A」の消費電力は157W、55型4K対応の「KD-55X9200A」でも274Wという。これに対し、韓国で発売されたLG Electronics製の55型OLED-TV「55EM9700」は消費電力がスペックに表記されていなかったが、米国の連邦通信委員会(FCC)において開示された同製品の資料によると、消費電力は520Wと記載されている。つまり、フルHD対応のLCD-TVの約3倍、4K対応TVの約2倍高いことになる。価格は、LCD-TVは国内外で大幅に下落しており、50型クラスの大型機種でも10万円前後と手頃な価格になってきているが、LGの55EM9700はその10倍近い100万円以上。このようにスペックや機能、価格、消費電力のあらゆる面で、現在のLCD-TVを凌駕するのは簡単なことではない。成熟期に入った薄型TV市場でOLEDの優位性を示すことはますます難しくなってきている。

「55EM9700」の仕様

有機ELに未来はないのか?

それでは、OLEDに将来性はないのかというと、そんなことはない。他の表示デバイスでは実現困難なフレキシブル化、プリントプロセス化が見込める点において、ポテンシャルは高いと言える。フレキシブル化することによって応用範囲が広がり、プリントプロセスの導入により低コスト化を図ることができる。これらの研究開発は、今後も活発に行われていくはずだ。

ディスプレイの国際学会SID 2012において、ソニーは9.9型qHD対応の(960×RGBW×540画素)のフレキシブルAMOLEDを紹介した。TFTには酸化物半導体のa-IGZOを採用している。白色OLEDとRGBW4色のCFを組み合わせた。OLEDのデバイス構造は、トップエミッション構造を採用。色再現範囲は、NTSC規格比で100%以上。画素ピッチは228μm、精細度は111ppi、厚さは110μm。ガラスにフィルムで接着した基板を2枚用いて作製した。1枚にはTFTとOLED、もう1枚にはCFを形成。これら2枚の基板を貼り合わせた後、ガラスを剥離することで、フレキシブル化した。2013年5月に開催されるSID 2013では、パナソニックが講演の予定。こちらは酸化物半導体TFT、トップエミッション構造を採用したAMOLEDをPENフォイル基板上に作成した模様だ。

フレキシブル化、プリントプロセス化はまだ開発段階にあり、実現する上での課題は多方面に及ぶ。TFT技術では、低温プロセスで高性能なTFTを量産化する必要がある。基板材料にはさらなる耐熱性の向上、熱膨張係数、表面粗さの改善が求められる。封止技術はフレキシブルの曲げに追従しながら、信頼性が高く、安価なバリア膜および封止膜を確立するという困難な問題を解決しなければならない。

プリントプロセスでは、塗布および貼り合わせ時のアライメント精度を向上させ、ロールtoロールのような連続生産を採用しないと効率的に生産できないと考えられる。これらの問題を解決には時間もかかるだろうが、フレキシブル化、プリントプロセス化が実現した暁には、世界中が驚くような新しいアプリケーションが誕生するかもしれない。

ソニーが2010年に発表した巻きとれる有機トランジスタ駆動フレキシブルOLEDディスプレイ