政府が昨年12月に閣議決定した「デジタル社会の実現に向けた重点計画」(以下「重点計画」)のなかの工程表で、「マイナンバーカードの普及および利用の推進」では、2022年度中に「ほぼ全国民に行き渡るよう、普及・利用の推進」を行うとしています。
総務省が公表しているマイナンバーカードの交付状況によると2022年4月1日時点での「人口に対する交付枚数率」は43.3% であり、この数字を見る限り、2022年度中に「ほぼ全国民に行き渡る」ことは無理としか思えません。
今回は、このマイナンバーカードの普及に係る現状の施策をみていくとともに、本来あるべき普及・利用のあり方を考えてみたいと思います。
マイナンバーカード 普及のための施策の現状
日本経済新聞の2022年5月7日朝刊の「マネーのまなび」というコーナーの「トップストーリー」として『マイナカード取得の「お得感」』という記事が掲載されました。
この記事では、現在実施されている「マイナポイント」第2弾の紹介や、「マイナンバーカードでできる主な手続き」などを紹介しています。
「マイナポイント」の第1弾は、マイナンバーカードを取得し、キャッシュレスで20,000円の買い物をすれば、最大5,000円相当のポイントが付与されるというもので、2021年12月末までで終了しています。(図1)は総務省のマイナポイントについてのトップページの内容です。
「マイナンバーカードの新規取得等」で5,000円分のポイントがもらえるのは、実質「マイナポイント」第1弾の継続となります。すでにマイナンバーカードを取得していて第1弾のマイナポイントを取得していなかった人やこれからマイナンバーカードを取得する人が対象となります。
そして、今回の「マイナポイント」第2弾で新たに追加されたのが「健康保険証としての利用申込み」「公金受取口座の登録」で、それぞれで7,500円のポイントが付与されます。
「マイナポイント」第1弾が、マイナンバーカードの普及を促すものだったのに対し、この第2弾は普及と同時に利用も促していく内容になっています。
マイナンバーカードの「健康保険証としての利用」については、2021年10月から開始されていますが、先の日本経済新聞の記事によると対応している「病院や薬局などの医療機関の割合は今年の4月24日時点で18%と当初の見通しを大きく下回っている」状況です。「重点計画」の工程表では、2021年度中に「医療機関等の9割程度での導入を目指す」とし、2022年度中に「おおむねすべての医療機関等での導入を目指す」としていましたので、「当初の見通しを大きく下回っている」のは確かなことですが、この計画が適正であったのかということも反省する必要があるのではないでしょうか。
このマイナンバーカードの「健康保険証としての利用」については、4月の診療報酬改定でマイナンバーカードを保険証として利用すると負担が増えることが報道されました。
日本経済新聞電子版の2022年4月27日「霞が関エックス線」では「電子化、値上げではおぼつかない マイナ保険証を義務に」というタイトルで、このマイナンバーカードの「健康保険証としての利用」における診療報酬の改定を取り上げています 。
マイナンバーカードを健康保険証として利用すると「電子的保健医療情報活用加算」という名目で初診料が70円、再診料が40円高くなります。健康保険の窓口負担が3割の人であれば、初診料で21円、再診料で12円多く負担し、残りは健康保険組合が負担することになります。
マイナンバーカードの「健康保険証としての利用」は、単に窓口での受付手続きが簡単になるだけでなく、今後の医療のデジタル化に欠かせない患者の医療情報の共有を可能にするものであり、医療機関にとっても患者にとってもメリットがあると考えてきた立場からすると、この診療報酬の改定は納得できるものではありません。
この記事にある通り、厚生労働省は「医療機関へのオンラインシステムの普及」を促進するために診療報酬の改定をしたものと考えられます。
(図2)はこの「電子的保健医療情報活用加算」について説明した厚生労働省のホームページです。
「オンライン資格確認」とは医療機関側からみたマイナンバーカードの「健康保険証としての利用」のことです。そしてこのページは、「オンライン資格確認・医療情報化支援基金関係 医療機関等向けポータルサイト」に設けられています。医療機関等に向けて発信された情報なので致し方ないのかもしれませんが、患者の存在は完全に無視され、「オンライン資格確認を「導入」していれば診療報酬で加算を算定できます」とアピールする内容になっています。
もともと医療機関等がオンライン資格確認を導入する際には、補助金も出ますので、医療機関等の負担は軽減されているはずです。しかし、もともと無理な計画を立て、そこに遠く及ばない実績の低さから、このような施策が追加されたようです。
この診療報酬の改定には、もう一つ問題があります。(図2)の説明の中に、「オンライン資格確認を導入しているが情報を取得困難な場合等については、初診に限り初診料に対して3点を加算することができるようになります(令和6年3月3 日まで)」とあります。つまり、オンライン資格確認を導入している医療機関等でマイナンバーカードを健康保険証として利用せず、通常の健康保険証で受診した場合、初診料が30円高くなるのです。 日本経済新聞の「電子化、値上げではおぼつかない マイナ保険証を義務に」の記事では、この件について、全国健康保険協会(協会けんぽ)の安藤伸樹理事長の話として「医療機関にマイナ保険証を持参しない患者へのペナルティーと受け取られるおそれがある。患者は加算を避けようとシステムを導入していない医療機関に行くことになり、普及を促す目標に逆行する」という内容を紹介しています。まさに、その通りではないでしょうか。 同記事では「これまでにカードへの保険証搭載を終えた人は830万人あまり」としています。「健康保険証としての利用申込み」が「マイナポイント」第2弾の対象となっていることから、この数が増えていくことが期待されているわけですが、今回の診療報酬の改定により「健康保険証としての利用申込み」はするが、「健康保険証としての利用」はしないといった、本末転倒した状況になる可能性もあります。
同記事では、「電子的保健医療情報活用加算はやはり無用の長物にみえる。」とし、「マイナ保険証と医療機関へのオンラインシステムの導入は、金銭的メリットで普及を促すのではなく、政府が義務化すればすむ話だ。」と結論づけています。
マイナンバーカード普及の鍵になると期待されてきたマイナンバーカードの「健康保険証としての利用」、これで実現する医療のデジタル化のあるべき将来像をもう一度見直し、患者にとっても医療機関等にとってもデジタル化でメリットが得られるようにしていくために、この記事の通り「義務化」も含めて検討していくことが必要なのではないでしょうか。
マイナンバーカード 何に利用できるのか
前項の冒頭で取り上げた日本経済新聞の『マイナカード取得の「お得感」』の記事では、「マイナンバーカードでできる主な手続き」として以下のような手続きをあげています。
内容 | 状況・開始予定 |
---|---|
自宅のパソコンやスマートフォンによる確定申告 | 対応済み |
処方された薬の情報、医療費の確認 | 2021年9月分から |
コンビニで住民票や印鑑証明などの取得 | 946市区町村で対応 |
健康保険証としての利用 | 医療機関の18%で対応 |
罹災証明書の発行などのオンライン申請 | 一部自治体で対応 |
提出届をオンラインで申請 | 一部自治体で対応 |
確定申告で医療費控除の手続きに活用 | 22年分の申告から対応 |
ハローワーク受付票としての利用 | 22年度中に開始予定 |
運転免許証と一体化 | 24年度末までに開始予定 |
以上の他に記事中に記載があるように「保育所の利用申込み」や「児童手当に関する手続き」など子育てに関わるサービスは1,000以上の自治体で対応しています。マイナポータルが開設された時に「子育てワンストップサービスが利用できる」としてアピールされてきましたが、対応する自治体も増えて内容も充実してきているようです。また、この他に「新型コロナワクチン接種証明書」取得なども、マイナンバーカードで利用できる手続きの一つといえます。
私はマイナンバーカードを取得し、マイナポータルも開設しています。
確定申告では、マイナンバーカードがあることで今年もスマートフォンで簡単に申告することができました。
また、必要に応じてコンビニでの住民票の取得なども利用しています。
そして、2021年9月から開始された「処方された薬の情報、医療費の確認」も試してみましたが、マイナポータルで簡単に確認できるようになっています。健康診断の結果も閲覧できるようになっています。
「新型コロナワクチン接種証明書」も取得しています。
マイナンバーカードやマイナポータルでできることは確実に増えてきていますし、私個人で考えても確実に利用範囲が広がっています。
日本経済新聞の『マイナカード取得の「お得感」』の記事でも、利用できるサービスが広がっていることやマイナンバーカードを使ってできる所得税の申告が便利になっていることを伝えています。その一方で、NTTデータ経営研究所の2021年6月に実施した調査結果として、『マイナンバーカードを取得していない理由で最も多かったのが「他にも身分証明書があるから」で38%。次いで「個人情報の漏洩が心配」(37%)、「なくても生活できるから」(35%)が多かった。』としています。
マイナンバーカードは、「デジタル社会」の身分証明書となるべきものなのですが、「デジタル社会」が身近に感じられるほど進んでいない実態が、上記のような「マイナンバーカードを取得していない理由」に反映されていると考えられます。
この点から考えても、身近に「デジタル社会」の一端を感じられるはずのマイナンバーカードの「健康保険証としての利用」が診療報酬の改定によりブレーキがかかりかねない状況は、「デジタル社会」の実現を目指す政府として見直すべき課題ではないでしょうか。 2022年度中にマイナンバーカードが「ほぼ全国民に行き渡るよう、普及・利用の推進」をするという計画は、足元の課題を精査すれば無理だとわかる計画です。ただし、便利なサービスが増えていけば徐々にでもマイナンバーカードの普及・利用は進むはずです。マイナンバーカード発行から6年余りの期間が経過して、ようやくマイナポータルのサービスも充実してきました。マイナンバーカードやマイナポータルを活かした便利なサービスをより充実させ、マイナンバーカードが「デジタル社会」の必須アイテムとして認知されること、政府にはこうした本筋である施策を講じてほしいと思います。
中尾 健一(なかおけんいち)
1982年、日本デジタル研究所 (JDL)入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、2019年10月25日に社名変更したMikatus株式会社の最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。
Mikatus(ミカタス)株式会社 最高顧問