昨年12月24日に閣議決定された「デジタル社会実現に向けた重点計画」(以下「重点計画」) については、前回この「重点計画」が示す社会のデジタル化の基本戦略の考え方と、具体的な施策として主にマイナンバー制度についてみてきました。

今回は、この「重点計画」のなかでも、中小企業や小規模事業者に影響してくる計画についてみていきましょう。

「重点計画」 事業者向け行政サービスについての計画

「重点計画」では、以下の6つの項目に分けて施策が計画されています。

1.国民に対する行政サービスのデジタル化
2.暮らしのデジタル化
3.規制改革
4.産業のデジタル化
5.デジタル社会を支えるシステム・技術
6.デジタル社会のライフスタイル・人材

これら大きな項目の中で、中小企業や小規模事業者に影響しそうなものとして、「産業のデジタル化」という項目があります。 この項目では、以下の3つの項目が並んでいます。

(1)事業者向け行政サービスの質の向上に向けた取組
(2)中小企業のデジタル化の支援
(3)産業全体のデジタルトランスフォーメーション

この「産業のデジタル化」の冒頭に「目指す姿」として以下の3点が掲げられています。

・行政サービスのデジタル化を通じて事業者にとって利用しやすい環境を整備し、支援を必要とする事業者に迅速に支援が届く環境を実現する。
・行政データのオープン化の徹底等を図ることにより、事業者がオープン化された行政データを活用し、様々なサービスを生み出すことができる環境を実現する。
・ユーザーのニーズに合致した製品・サービスのデジタル化を後押しし、組織の在り方を変革することで、我が国の産業全体のデジタルトランスフォーメーションを加速し、国際競争力強化を図る。

(図1)は、「重点計画(概要)」の「産業のデジタル化」についてのページです。

まず、最初に掲げられているのは、行政が事業者の利用する行政サービスのデジタル化を図り、事業者にとって利便性のある行政サービスを提供、それを活用するために支援するというものです。この課題は、産業界から事業者が行政サービスを利用する際にコストがかかっているとして要望もあがっており、以前から掲げられていたものです。では、今回何が変わったのでしょうか。

一つは、行政手続の特性に応じた本人確認手法の適正化を図るとして、「電子署名、電子委任状、商業登記電子証明書の普及」と「法人共通認証基盤(GビズID)の普及」が掲げられています。これらの本人確認方法では、法人の電子署名については商業登記電子証明書など、法人の電子認証について「GビズID」と使い分けしたいようですが、個人の場合はマイナンバーカード一つで両方が済むことを考えると、複数の本人確認手段を用意し使い分けることの方が面倒に見えます。

「GビズID」の特徴であるコスト負担が少ないことを活かした「電子署名、電子委任状、商業登記電子証明書」などを実現して、事業者にとって本人確認手段を一元化することも考えていかないと、この分野での事業者の本人確認手段の取得が進まず、行政サービスがデジタル化されても、利用が進まない事態も考えられます。

そして、「事業者に対するオンライン行政サービスの充実」の項で、以下のような項目が並んでいます。

・e-Govの利用促進
・Jグランツの利便性向上と利用補助金の拡大
・Gビズインフォ等を通じた事業データのオープン化推進
・ミラサポplusの機能拡充を通じた中小企業支援の充実

ここも、これまでやってきた政府の行政サービスについて、改善策を講じるとして掲載されています。改善策は当然としても、これらの項目自体に目新しさはありません。事業者に利便性をもたらす行政のデジタル化を実現するためには、省庁の壁を超えて何が一番重要なのかといった課題の設定をしていかないと、「目指す姿」に掲げられた「行政サービスのデジタル化を通じて事業者にとって利用しやすい環境を整備し、支援を必要とする事業者に迅速に支援が届く環境を実現する。」ことは難しいのではないかと感じてしまいます。

「重点計画」中小企業のデジタル化をめぐる計画

次の項目である「中小企業のデジタル化の支援」では、まず以下のような文書が掲げられています。

「デジタル化に取り組む中小企業等に対して、まずはホームページの活用、現場向けのグループウェアの導入などにより、経営者自身にデジタル化の効果を実感してもらうとともに、その気づきを基礎に、生産管理の導入、受発注のデジタル化と、順を追って、基本的なデジタル化を進め、また様々な企業の個別ニーズにも対応していけるよう、「デジタル化診断」など経営者と経営支援の専門家が一体となって中小企業のデジタル化を進めるためのサービスを提供したり、必要に応じて IT 専門家を派遣したりする事業を通じ、個々の中小企業の状況に応じたデジタル化の支援を進める。」

また、この後段では以下のようなことが記載されています。

「また、IT 導入補助金を通じて、電子インボイスへの対応を含む取引全体のデジタル化、会計・経理全体のデジタル化等を強力に推進し、クラウドサービス利用やハードの調達を支援するとともに、労働生産性の向上を目的とする業務効率化や DX に向けて行う IT ツールの導入を支援する。」

前段の文書と、後段の文書にギャップを感じるのは私だけでしょうか?

前段では、ホームページの活用などから始めてデジタル化の効果を実感してといった、これまでも初心者向けによく語られてきたIT化への取り組みが語られています。一方、後段ではいきなり「IT 導入補助金を通じて、電子インボイスへの対応を含む取引全体のデジタル化、会計・経理全体のデジタル化等を強力に推進」と一気にレベルが上がっています。

中小企業のデジタル化を推進するのであれば、もっと焦点を絞った施策が必要なのではないでしょうか?

「中小企業のデジタル化の支援」では、この他に「中小企業のサイバーセキュリティ対策の支援」が掲げられていますが、これ以外には上記に引用した文書しかありません。また、この項に関する工程表にも前項で見た、本人確認手法についての工程しか記載がありません。「中小企業のデジタル化の支援」は大事な課題だと思いますが、この項の記載内容には物足りなさを感じてしまいます。

一方、「暮らしのデジタル化」の施策として掲げられている「相互連携分野のデジタル化の推進」の中に「取引(受発注・請求・決済)」の項目があり、こちらでは、上記の電子インボイスを含む中小企業向けの施策が掲げられています。この項の冒頭には、「受発注については、令和5年(2023 年)を目途に中小企業における電子受発注システム導入率約5割を目指すとの政府方針を踏まえ、中小企業共通 EDI の蓄積を生かしつつ、新たにデータ連携基盤を整備して、同基盤を構成する電子受発注システムの導入を各産業分野で促進するなど、受発注のデジタル化に向けた取組を強力に推進する。」としています。

この「電子受発注システム」をめぐる動きの一つは「電子インボイス」であり、これについては、「請求については、令和5年(2023 年)10 月の消費税のインボイス制度への移行を見据え、標準化された電子インボイスの利用を通じ、請求プロセスのデジタル化を促進するため、関係府省庁が連携し、引き続き、必要な取組を行う。」とし、「電子インボイスの新たな国際標準仕様の早期策定に我が国として積極的に関与しつつ、これに協力する事業者団体とともに、対応するソフトウェアの開発を促し、令和4年度(2022 年度)からは、その普及支援を、中小企業のデジタル化支援の一環として講じることで、標準化された電子インボイスの普及を図る。」としています。

もう一つの動きとしては、契約から決済までの取引のデジタル化であり、これについては、「契約から決済にわたる取引のデジタル化全体におけるデータ連携を可能とするため、取引のデジタル化全体のアーキテクチャについて、DADC において検討を行い、令和3年度(2021 年度)末までに中間取りまとめを行う。令和4年度(2022 年度)には、代表的な業界において取引全体のデジタル化に関する実証実験を行うなど、官民で連携して、契約・決済に係るデータ連携に必要なデータ標準・連携基盤の整備・実装を目指した取組を継続的に進めるとともに、全銀 EDI システムの利活用を促進する。」としています。

(図2)は、この「取引(受発注・請求・決済)」についての工程表です。

「電子インボイス」をめぐる動きについては、前々回の記事でも取り上げましたが、この工程表ではインボイス制度が導入となる2023年10月までに、「請求等のデータについてシステム連携が可能になるよう、必要な対応を進める」としています。

もう一つの、「契約から決済にわたる取引のデジタル化」については、上記の文書にもある通り、独立行政法人情報処理推進機構のデジタルアーキテクチャ・デザインセンター(DADC)がデジタル庁の意向を受けて検討を進めています。

(図3)は、その第二回検討会(2021年12月24日開催)に事務局が提出した資料の「アーキテクチャ検討の方向性」の冒頭のページです。

「従来の契約・決済取引」として描かれている状況は、多くの中小企業の現在であると考えると、左の「デジタル時代に求められる契約・決済取引」に進むには多くのステップを踏まなければならないと考えられます。 この資料では、そのギャップを埋めるためにどのようなことが必要かなど様々に検討されています。

(図4)は個別論点の一つとして「受発注-請求」について電子インボイスとの関連も含めて整理した図です。

ここでは、「受発注・請求間の標準化」については、すでに進んでいる電子インボイスの標準仕様の考え方について現状を追認する形になっています。一方で「受発注の全プロセスの標準化」については標準管理負荷が非常に高いとして、「基本プロセスの標準化」と合わせて、「協調領域の適切な設定範囲を検討する」としています。

大企業を中心に行われているEDI取引も業界によって仕様が異なるなどの課題がありますが、IT化もまだまだといった中小企業にとって、この辺りがどうなっていくのか、本当に取り組みやすいものになっていくのかが注目するポイントになっていきます。

この検討会では、今後のスケジュールを(図5)にように示しています。

この検討会では、3月までに全体のアーキテクチャやそれを実現するための技術仕様を取りまとめ、2022年度には実証実験を行おうと計画しています。

行政のデジタル化などとは比べようのないスピード感で検討が進められているようです。

「重点計画」の中で、「産業のデジタル化」では主に行政のデジタル化で事業者に利便性をもたらすとしながら、従来と変わらない項目が並んでいるだけで、どれだけ実効性があるのか疑問に思うところがありました。 ここで取り上げた「相互連携分野のデジタル化の推進」の中の「取引(受発注・請求・決済)」の内容の中から打ち出された中小企業支援策が「電子インボイス」導入支援ということであれば、今後進む受発注全体のデジタル化についても有効な中小企業支援策が講じられる必要があります。

「電子インボイス」や受発注全体のデジタル化は、事業者の現場からデジタル化され、現場で作成されたデジタルデータをそのまま流通させ活用できるようになる、これこそ「産業のデジタル化」と呼ぶべき姿です。次の「重点計画」では、こうした変化に対応できる「中小企業のデジタル化の支援」を具体的な施策として打ち出してほしいと思います。

中尾 健一(なかおけんいち)
Mikatus(ミカタス)株式会社 最高顧問

1982年、日本デジタル研究所 (JDL)入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、2019年10月25日に社名変更したMikatus株式会社の最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。