昨年12月24日、「デジタル社会実現に向けた重点計画」(以下「重点計画」)が閣議決定されました。これは、昨年9月のデジタル庁発足後、デジタル庁が中心になって取りまとめた最初の計画となります。

今回は、この「重点計画」が示す社会のデジタル化の基本戦略の考え方と、具体的な施策として主にマイナンバー制度についてみていきましょう。

「重点計画」の構成とデジタル化の基本戦略

「重点計画」の本文は、以下のように構成されています。

1.はじめに~重点計画の目的~
2.デジタルによりの目指す社会の姿
3.デジタル庁の役割
4.デジタル社会の実現に向けての理念・原則
5.デジタル化の基本戦略
6.テジタル社会実現に向けた施策
7.今後の推進体制

デジタル庁では、ほぼこの構成に沿った形で、「重点計画」を説明するサイトを公開しています。ただし、こちらでは概略レベルの説明に留まっていますので、「重点計画」本文を中心にみていきましょう。

本文の「はじめに~重点計画の目的~」では、「重点計画」を次のように位置付けています。

「この重点計画は、目指すべきデジタル社会の実現に向けて、政府が迅速かつ重点的に実施すべき施策を明記したものであり、デジタル庁を始めとする各府省庁がデジタル化のための構造改革や個別の施策に取り組み、また、それを世界に発信・提言する際の羅針盤となるものである。」

そして、次の「デジタルによりの目指す社会の姿」については、(図1)のようにデジタル庁やデジタル庁が主催する会議体も含めた図が概要資料で示されています。

  • (図1)

デジタル庁発足時は、デジタル庁が開催する会議体は全閣僚が参加する「デジタル社会推進会議」と有識者で構成する「デジタル社会構想会議」だけでした。岸田内閣誕生後、「デジタル臨時行政調査会」と「デジタル田園都市構想実現会議」が新たに加わりました。 (図1)では、これらの会議体で役割分担しつつ議論された内容を、政府省庁・地方自治体・民間企業等と連携・協力しながら、①~⑥で示された「デジタルにより目指す社会の姿」を実現していこうということが示されています。

(図2)は「デジタル社会の実現に向けての理念・原則」について「重点計画(概要)」資料でまとめられた図です。

この理念・原則は、これまでも掲げられてきたことがほとんどですが、改めてこれらの理念・原則を確認しています。

そして、次の「デジタル化の基本戦略」では、まず(図3)の「構造改革のためのデジタル原則の全体像」が掲げられています。

これは、昨年12月22日に開催された「デジタル臨時行政調査会」の第2回会議でデジタル庁が提出した資料「デジタル時代の構造改革とデジタル原則の方向性」で案として提示されたものがそのままベースとなっています。

ここでは、構造改革のためのデジタル原則ということで、原則①~⑤が示されており、特に原則①「デジタル完結・自動化原則」を貫いていくために大事になるのが、原則②「アジャイルガバナンス原則」ではないでしょうか。

開発手法として用いられることの多い「アジャイル」という言葉を「ガバナンス」と結びつけることで、「ガバナンス」においても素早く規定し、機動的・柔軟に継続的な改善を可能にすることを掲げています。

行政手続きに係るシステムでは瑕疵がないように開発することに重点を置くために事前規制を盛り込むことにが多く、そのため多岐にわたる入力項目が用意され、数字を証明するための添付資料などを多数求めるなど、使いづらいシステムになりがちです。そして、そのためにリリースまで時間がかかるとともに、申請から承認までも時間がかかり、機動性を欠くことになってしまいます。

これまでの行政の動きをみていると、この原則②「アジャイルガバナンス原則」が一番できていない部分と思われますので、「デジタル化の基本戦略」を実行していく上で、この原則を徹底していくことがデジタル化を通じて構造改革を実現するためにも大事になってくると考えます。

この「デジタル化の基本戦略」では、以上の「デジタル原則」に続いて、「デジタル原則への適合性の確認」として、①規制改革、②行政改革、③デジタル改革の3つが掲げられ、これら3つの改革を一体として進めることでデジタル社会を実現するとしています。

「デジタル原則」と上記のような考え方を示した図が(図4)です。

「アジャイルガバナンス原則」や「行政改革」の中には、「EBPM」という用語が出てきます。「重点計画」の本文中で行政に係る文書の中で何度も出てくる用語ですが、これは「エビデンス・ベースド・ポリシー・メイキング」の略で、「証拠に基づく政策立案」という意味で用いられています。過去からも使われてきた用語ですが、デジタル原則の政策立案のなかでは、特にデータに基づく合理的な根拠(証拠)を徹底することを求めていく姿勢が示されています。

この「デジタル化の基本戦略」で示された考え方を、政府省庁および地方自治体で徹底されていくことが、「重点計画」が目指すデジタル社会の実現のためにも欠かせない重要な考え方になるのではないでしょうか。

マイナンバー制度に係る計画

「デジタル化の基本戦略」に続く「デジタル社会の実現に向けた施策」では、次の6つの項目で施策が掲げられています。

1.国民に対する行政サービスのデジタル化
2.暮らしのデジタル化
3.規制改革
4.産業のデジタル化
5.デジタル社会を支えるシステム・技術
6.デジタル社会のライフスタイル・人材

マイナンバー制度については、「1. 国民に対する行政サービスのデジタル化」のなかで「マイナンバー制度の利活用の推進」「マイナンバーカードの普及及び利用の推進」として、(図5)に示すような施策が掲げられています。

「マイナンバー制度の利活用の推進」で目を引くのは、「マイナンバー制度における情報連携の拡大」です。現在マイナンバーの利用については、社会保障・税・災害対策の分野に限定されています。これを「国民にとって利便性を感じてもらうこと」を第一に考えることを前提に、利用分野を広げようとしています。

現状でも行政機関間の情報連携が不十分なため、マイナンバーが社会保障・税・災害対策の分野でも有効に活用されず、国民やマイナンバーに係る事業者の負担は軽減されていません。利用分野として何が想定されているのか「重点計画」の本文でも明確ではありませんが、まずは社会保障・税・災害対策の分野での行政機関間の情報連携を徹底し、この分野で「国民にとって利便性を感じてもらうこと」ができるようにしてほしいと考えます。利用分野を増やすことは、関係する行政機関が増えることになりますので、今うまくいっていないことを検証し、省庁間や地方自治体間で壁になっていることを打破しない限り、「国民にとって利便性を感じてもらうこと」にはなりません。

この点をよく考え、EBPMを徹底した上での政策立案を行なっていただきたいと思います。 (図6)は昨年12月22日に開催された「デジタル臨時行政調査会」に提出された日本経済団体連合会の資料で「マイナンバーの徹底活用」を求めている部分です。

ここで主張されていることは、マイナンバーを特定個人情報とすることの撤廃であり、通常の個人情報と同等とすることで、本人の同意があれば第三者への提供も容認することです。この考え方は、他の経済団体からも要望されています。

「重点計画」での、「マイナンバー制度における情報連携の拡大」が、こうした民間からの要望も踏まえたものなのかは分かりません。ただし、ここでマイナンバー制度そのものを見直すのであれば、「情報連携」の拡大を民間でも可能な運用とすることも見据え、マイナンバーを特定個人情報とすることの見直しも是非行なっていただきたいと思います。

(図7)は「重点計画」のマイナンバーカードについての工程表です。

この中で目を引くのは、2022年度中にマイナンバーカードを「ほぼ全国民に行き渡るよう、普及・利用の推進」としていることです。

これについては、日本経済新聞の1月9日朝刊に自治体調査の記事が掲載されました。この記事によると、全国の自治体首長のうち2022年度末までに政府目標を達成可能と考えている自治体は全体の2.9%に留まっており、2023年度末、2024年度末と考えている自治体を合わせても2割未満とのことです。

これでは、まさにEBPMなしで掲げられた政策目標と言われても致し方ないのではないでしょうか。

また、マイナンバーカードの普及の推進策として考えられてきた、マイナンバーカードの健康保険証利用について、この工程表では、この3月までに9割程度の医療機関等への導入を掲げています。

日本経済新聞の昨年10月の記事では、全国約23万件の医療機関等のうち、この時点で利用可能だったのは1.8万件でした。今年1月2日時点の厚生労働省の「マイナンバーカードの健康保険証利用参加医療機関・薬局リスト」によると、利用可能な医療機関等は23,694件となっています。ようやく、全国約23万件の医療機関等の1割を超えた機関で利用できるようになっているのが現状です。この状況で、今年3月までに「9割程度での導入を目指す」とするのは、根拠のない目標設定としかいえないのではないでしょうか。

マイナンバーカードを利用して国の接種証明を取得するのは非常に簡単にできました。タイムリーさに欠けたとはいえ、デジタル庁の開発したアプリは便利だなと感じました。

マイナンバー制度はデジタル庁の主管業務の一つです。このマイナンバーカードの工程表をみると、地方自治体との連携や厚生労働省との連携で、まだまだうまく行っていない部分が浮き彫りになっているのではないでしょうか。

前項でみてきた、この「重要計画」のキーとなる「デジタル化の基本戦略」自体は、良く練られたものだと思います。ただし、肝心の施策に落とし込む際に、EBPMを掲げながらエビデンスのない計画を示しているようでは、これまでの政府のデジタル化に係る施策と同様に、言葉だけの「重要計画」に終わってしまう可能性を感じてしまいます。

マイナンバーカードのみならずマイナンバー制度そのものも見直すべき時期に来ていると思います。

デジタル庁がデジタル社会実現の司令塔になりうるかどうかも、その計画内容に根拠がなければ危ういものになってしまいます。マイナンバー制度の見直しはもちろん、マイナンバーカードの普及推進の工程表の見直しも早急に手をつけて、誰もが納得できる計画に修正していくべきではないでしょうか。

中尾 健一(なかおけんいち)
Mikatus(ミカタス)株式会社 最高顧問

1982年、日本デジタル研究所 (JDL)入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、2019年10月25日に社名変更したMikatus株式会社の最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。