弥生などの会計ソフトベンダーなど6社が「社会的システム・デジタル化研究会」として、6月3日「デジタル化による年末調整の新しいあり方に向けた提言」を発表しました。そして、同日当時の平井デジタル改革担当大臣(現デジタル大臣)にオンラインで提出されました。(弥生株式会社プレスリリースより)。

また、この9月1日には、行政のデジタル化はもちろん社会全体のデジタル化を担うデジタル庁が発足しました。

今回は「デジタル化による年末調整の新しいあり方に向けた提言」(以下「新しい年末調整のあり方」)の内容を見ていきながら、事業者や国民にとってメリットのある行政のデジタル化や社会のデジタル化とはどうあるべきかを考えていきたいと思います。

近年の「年末調整」をめぐる環境

企業等で働く個人であれば、給与所得者として「年末調整」は馴染み深い制度です。この「年末調整」について、国税庁の「年末調整」のページでは以下のように説明されています。

「給与の支払者がその年最後に給与の支払をする際、給与の支払を各人別に、それまでその年中に給与を支払う都度源泉徴収をした所得税の合計額と、その年中の給与の支給総額について納付すべき税額(年税額)とを比較して過不足額の精算を行うことを「年末調整」といいます。」

日本の税制は、基本的に申告納税制度であり、所得がある個人または法人には自主的に申告することが求められるわけですが、「給与所得者」については確定申告に代わるものとして、「年末調整」で実質申告が済むような制度がとられてきました。

「新しい年末調整のあり方」では、この「年末調整」のあり方について、「一般個人(給与所得者)には税制に関する知識が十分ではないこと、また、事務処理能力が十分でないことを踏まえ、事務処理能力が相応にあるであろう事業者が、給与所得者の実質的な申告事務を肩代わりすることになった。」としています。また、この文書の注釈では「シャウプ勧告では、事業者による年末調整業務は、税務当局による対応が困難であるための措置と位置付けられており、税務当局が対応できるようになり次第、年末調整業務は税務当局に移管すべきとされている」ことも紹介されています。

こうした観点から、経済団体などは、以前から「年末調整」業務が事業者の大きな負担になっていることから「年末調整」を廃止するような提言をしてきました。

その「年末調整」、もともとは確定申告の簡易版だったはずですが、近年の税制改正でどんどん複雑化しています。その点を「新しい年末調整のあり方」では、以下のように指摘しています。

「確定申告は年間の所得額が確定した状態で行うのに対し、年末調整では所得金額の見積額を用いる必要があるためである。具体的には、近年の税制改正により、配偶者(特別)控除や基礎控除の適用に当たって給与所得者本人の所得金額の見積りが必要となった。また、配偶者に関しても、共働きの増加により基礎控除額の水準以上に所得を有することが一般化し、見積りにより精度を求められるようになった。」としています。

そしてその結果、「年末調整業務は、全国の膨大な数の事業者で、年末という一般的に業務繁忙とされる時期に、多大な時間をかけて業務が行われている。一方で、税制がより複雑化する中で、事業者の税制に関する知識が十分とは言えない状況も生まれている。結果的に、年末調整業務が必ずしも正しく実施されていないことも起こりうる。これに対し、行政でその正確性を検証するのは、事業者と行政での二度手間と言える。つまり民間、行政両者で多大なコストを要している。」としています。

これまで給与所得者が年末調整のために事業者に提出する申告書は基本的には以下の3つでした。

・給与所得者の扶養控除(異動)申告書
・給与所得者の配偶者控除等申告書
・給与所得者の保険料控除申告書

これが、令和2年分の年末調整では、

・給与所得者の扶養控除(異動)申告書
・給与所得者の基礎控除申告書 兼 給与所得者の配偶者控除等申告書 兼 所得金額調整控除申告書
・給与所得者の保険料控除申告書

以上の通り、令和2年分から「給与所得者の配偶者控除等申告書」は、(図1)の通り、「給与所得者の基礎控除申告書」及び「所得金額調整控除申告書」との兼用様式となりました。

(図1)の通り、従来の「給与所得者の配偶者控除等申告書」に「給与所得者の基礎控除申告書」及び「所得金額調整控除申告書」が加わった、3つの申告書が一体になったものとなっています。そして、このなかの「給与所得者の基礎控除申告書」には「新しい年末調整のあり方」でも指摘している通り、「給与所得者本人の所得金額の見積り」する欄が新設されています。なぜ「給与所得者本人の所得金額の見積り」が必要になったのかは、令和2年分で、給与所得控除や基礎控除等が見直されたからということなのですが、国税庁の令和2年分の改正点を説明した資料「昨年に比べて変わった点」をみていただいても、「年末調整」に相当詳しい人でないと、実務でどこが変わるのかは、簡単には理解できないのではないでしょうか。

「新しい年末調整のあり方」で書かれている通り、「一般個人(給与所得者)には税制に関する知識が十分ではないこと、また、事務処理能力が十分でないこと」を前提にした制度であるはずの「年末調整」が、給与所得者に相当面倒な申告書を書かせるようになってしまったのです。国税庁が提供する「年末調整控除申告書作成用ソフトウェア」を使用すれば、給与所得者の負担は多少軽減するとはいえ、事業者にとってより複雑になった「年末調整」業務を間違いのないように処理することは、より負担が増えることになっています。

「新しい年末調整のあり方」が突きつける課題

「新しい年末調整のあり方」では「年末調整」そのものをなくすことは求めていません。確定申告の「簡易版」として再度位置付けを明確にした上で、「デジタル技術を浸透させることで社会全体としての効率を抜本的に向上させ、社会的コストの最小化を図るためには、デジタルを前提として業務プロセスの根底から見直すデジタル化(Digitalized/Digitalization)が必要である。」とし、「デジタル化した新たな年末調整のあり方」では、以下の4つのポイントを踏まえる必要があるとしています。

1.発生源でのデジタル化
2.原始データのリアルタイムでの収集
3.一貫したデジタルデータとしての取り扱い
4.社会的コストの最小化の観点での、必要に応じた処理の見直し

さらに、「現状の年末調整手続きにおける所得金額の見積りは、業務の複雑性の源となっている。これに対し、確定した事実を基とすることによって、この複雑性を排除することが可能になる。」として、

5.確定した事実を基にする

を、1~4のデジタル化の原則に加えています。

「発生源でのデジタル化」では、

・従業員は本人・配偶者・扶養家族の情報をデジタルで申告する。
・給与・賞与や源泉徴収税額の計算はソフトウェアで実施し、給与支払・源泉徴収の報告はデジタルデータで所管の行政機関に送信する。
・控除証明情報は保険会社・金融機関等がデジタルデータで作成する。

としています。

「原始データのリアルタイムでの収集」では、

・発生源で生まれたデジタルデータは、リアルタイム(もしくはリアルタイムに近い形)で次のプロセスに引き渡す

とし、例えば、「従業員は控除にかかわる本人・配偶者・扶養家族の状況に変更が発生したら、随時申告する。給与は給与支払者から、保険料は保険会社から、ふるさと納税は地方自治体から、医療費控除は保険者から、寄附金控除は対象団体からそれぞれ、支払いが行われた時点で情報を収集する。」としています。要は、年末調整の時期にあわせていろんな情報を集約するのではなく、リアルタイムでデジタルデータを収集する仕組みを作っておこうということです。

「一貫したデジタルデータとしての取り扱い」では、「発生源でのデジタル化」したデータを「関係者間で情報を授受・申告・申請・通知する際においても、デジタルデータとして引き渡す。」とし、例えば「データの授受・参照は、一元化されたプラットフォーム(ポータル)を通じて行う。ポータルを介して事業者、行政が控除証明書データにアクセスできるならば、参照するべき控除証明書のキー情報を紐づけることにより、申告データとあわせた控除証明書データ全体の添付は不要となる。」や、「年末調整データは、年末調整手続きの対象者がその後必要に応じて確定申告を行う場合において記入済み申告情報として反映可能とする。」といったことを挙げています。「発生源でのデジタル化」されたデータをそのまま活用することで、「一元化されたプラットフォーム」で授受・参照できれば控除証明書等の添付も不要になり、このように活用されたデータをベースにすれば、給与所得者が必要に応じて確定申告する際にも、そのままデータを申告情報として活用できことを構想しています。

そして「社会的コストの最小化の観点での、必要に応じた処理の見直し」では、全体最適の観点から、「判断・計算は収集されたデータをもとに、行政による一括処理とすることにより、事業者の負担軽減を実現し、社会的コストを最小化する。」としています。 また、「確定した事実を基にする」では、「年末調整手続きにおいて参照する給与所得の金額は、見積額ではなく確定額を用いる。」とし、「年末調整手続きの処理時期を当年の年末から翌年の年始に変更する。」ことを提言しています。

こうした整理を通して「新しい年末調整のあり方」を2つのステップを踏んだ提言として示しています。

第一ステップでは、「確定情報・確定額を基に年税額計算を行うために手続きの処理時期を翌年の年始に移すことや、給与支払毎のデジタルでの報告、発生源でのデジタル化や一貫したデジタルデータとしての取扱いのために各種の控除証明情報にデータ連携でアクセスする仕組みの整備が挙げられる。」としています。要は、「所得金額の見積り」のように間違いを生じやすいやり方をやめるために、「年末調整」の時期を年末ではなく翌年1月に移すことを提言しています。そうすることで、現状では確定申告するしかない医療費控除やふるさと納税なども「年末調整」に組み込むことができます。

そして第二ステップでは、「年末調整」に必要な情報、例えば給与所得者の扶養控除等に係る申告書の内容や「年間の給与所得額、各種の控除額、年税額や徴収済税額との精算額は、収集したデジタルデータに基づいてシステムで自動計算することとする。」とし、この計算は「税法の規定に基づいて画一的に行う計算であることから、行政(国税庁)が設置・運用するシステムにおいて計算する方式を採ることにより、いずれの事業者・従業員においても処理内容や計算結果の正確性・一貫性を担保できることとなる。」としています。

この第二ステップまで実現した「新たな年末調整業務の流れ」を(図2)のように示し、「現状と見直し後の比較表」を(図3)のように示しています。

複雑化し事業者に負担をかけている「年末調整」に対して、この「新しい年末調整のあり方」では、「年末調整」を行う時期を年末から翌年1月に移行すること、そして「ポータル」に「年末調整」に必要な情報を集約し、それを活用することで給与所得者の年税額の計算および事後処理を国税庁が行うことを求めています。

「年末調整」を行う時期を年末から翌年1月に移行することも、給与所得者の年税額の計算および事後処理を国税庁が行うこと、いずれも「社会的コストの最小化の観点」から考えると合理的なことです。

この連載の86回で「2021年度、年末調整がなくなる?!」という記事を書きました。この時の内容は、「新しい年末調整のあり方」で提言している「年末調整」に必要な情報をポータルに集約し、それを活用することで給与所得者の年税額の計算および事後処理を国税庁が行うということに相当しているようにみえます。「新しい年末調整のあり方」では、これに加えて「年末調整」の時期を翌年1月にすることを提言しています。

こうした提言の背景にあるのは、税制が複雑化し、「社会的コストの最小化という観点」からみて、全体としてデジタル化するのが容易ではなくなっている現実があります。

税制の「デジタル化」という点だけでみれば、e-Taxの利用率はそれなりの数字を残しています。ただし、それは行政の効率化にはなっているかもしれませんが、事業者などそこに係る社会全体のフローとして効率化できているかというとまだまだではないでしょうか。

「社会的コストの最小化という観点」から考えると、この「新しい年末調整のあり方」の提言は合理的な内容であり、これが実現できるかどうか、特に前例主義がまかり通る省庁の考え方を崩すことになる「年末調整」の時期を変更するといったができるかどうか、デジタル庁に課題を突きつけているのではないでしょうか。この提言をめぐる今後の動きに注目していきたいと思います。

中尾 健一(なかおけんいち)
Mikatus(ミカタス)株式会社 最高顧問

1982年、日本デジタル研究所 (JDL)入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、2019年10月25日に社名変更したMikatus株式会社の最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。