20021年5月12日、「デジタル庁設置法」を含むデジタル改革関連の6法案が国会で可決、成立しました。「デジタル庁設置法」は2021年9月1日施行とされており、これにより、9月のデジタル庁の創設に向けた動きが本格化することになります。今回は、「デジタル庁設置法」を含むデジタル改革関連の6法案についてみていきましょう。。
「デジタル社会形成基本法」と「デジタル庁設置法」
今回のテーマはマイナンバーカードではなく、あくまでマイナンバーです。
(図1)は、デジタル改革関連6法案の全体像を説明したものです。
(図1)にある通り、デジタル改革関連法案とは、以下の6法案です(すでに成立していますので以下の記載では、案はつけていません)。
・デジタル社会形成基本法
・デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律(以下、デジタル社会形成整備法)
・デジタル庁設置法
・公的給付の支給等の迅速かつ確実な実施のための預貯金口座の登録等に関する法律
・預貯金者の意思に基づく個人番号の利用による預貯金口座の管理等に関する法律
・地方公共団体情報システムの標準化に関する法律
これらのうち、「公的給付の支給等の迅速かつ確実な実施のための預貯金口座の登録等に関する法律」は、特別定額給付金の支給遅れなどで問題になり、その改善策として公的給付の支給を受け取る口座をマイナンバーとひもづけできるようにするための法律です。また、「預貯金者の意思に基づく個人番号の利用による預貯金口座の管理等に関する法律」は、それをさらに拡張しようとするものです。
これらの2つの法律は、法律の名称が示す通り、個別具体的な内容のため、今回は一旦これらを外してみていきたいと思います。
「デジタル社会形成基本法」は、(図1)にある通り、「IT基本法」を廃止して制定されました。
「IT基本法」の正式名称は「高度情報ネットワーク社会形成基本法」で2000年に成立、その元で「e-Japan戦略」や「世界最先端IT国家創造宣言」「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」などが発せられ、様々な計画が実行されてきましたが、残念ながら当初目指した成果を十分に実現することはできませんでした。
「デジタル社会形成基本法」について、平井大臣は2021年1月15日の記者会見で「今後これからデジタル化を進める10年、20年のこれからのデジタル化の基本的な考え方を新たに作るというものです。」とし、「その中で、デジタル社会を新たに定義して、デジタル社会の形成による我が国経済の持続的かつ健全な発展と国民の幸福な生活の実現等を目的とし、デジタル社会の形成に関して、基本理念及び施策の策定に係る基本方針、国、地方公共団体及び事業者の責務、デジタル庁の設置及び重点計画の作成について規定するものであると。今回のデジタル改革の土台になるものであります。」としています。
つまり、「デジタル社会形成基本法」はこれから進めるデジタル社会の基本的考え方、理念を示したものです。
(図1)で取り上げた内閣官房IT総合戦略室「デジタル改革関連法案について」の資料では、この「デジタル社会形成基本法」の基本理念と「施策の策定に係る基本方針」との関係を(図2)のように示しています。
このように、「デジタル社会形成基本法」で基本理念と施策策定の基本方針を定めた上で、「デジタル社会の形成に関する行政事務の迅速かつ重点的な遂行を図ることを任務としてデジタル庁を設置する」ことを定めたのが「デジタル庁設置法」ということになります。
そのデジタル庁の管理分野については、(図3)に示す通り、「分担管理事務」としてまとめられています。
基本的には、これまで内閣官房IT総合戦略室が担ってきた業務を引き継ぎつつ、「国・地方公共団体・準公共部門の民間事業者の情報システムの整備・管理に関する基本的な方針の作成及び推進」「国が行う情報システムの整備・管理に関する事業の統括監理、予算の一括計上及び当該事業の全部または一部を自ら執行すること」などの業務に係る権限をデジタル庁が持つことにより、これまで指摘されてきた省庁縦割りの弊害や、国と地方公共団体の間のギャップを打破することを意識した内容になっています。
「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律」
デジタル庁の「分担管理事務」で、前項で取り上げた「国・地方公共団体・準公共部門の民間事業者の情報システムの整備・管理に関する基本的な方針の作成及び推進」のうち、地方公共団体の情報システムの整備・管理について定めた法律が、「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律」です。 (図4)は、その概要を示したものです。
地方公共団体が利用するシステムは、これまで各地方公共団体が個別にベンダーに発注、開発してきたため、同じ業務であっても別々のシステムが利用され、データの互換性がないものも少なくありません。そのため、地方公共団体に事業者や個人が申請する業務を民間のベンダーがシステム化しようとしても、地方公共団体ごとに仕様が異なるものについては、避けてしまう傾向があります。税の分野ではeLTAXなどにより統一が図られてきましたので、電子申告・申請の利用が進んできましたが、まだまだ統一がされていない分野が残されており、これが事業者や個人が地方公共団体に対して行う申請・届出の電子化が進まない原因となっています。
この「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律」では、標準化の対象範囲を定めた上で、情報システム標準化の基本方針の作成や基準の策定を政府の側が行うとしています。ただし、現場の業務に精通していない政府が、現場の頭越しに決めても、結果機能しないということにもなりかねませんので、地方公共団体の意見を反映させていく仕組みも用意していくこととされています。
地方公共団体の情報システムの標準化は、長年の懸案だったにもかかわらず、これまで手付かずになってきた分野ですので、この「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律」をベースに、デジタル庁の指導力が適切に発揮されることを期待したいと思います。
「デジタル社会形成整備法」
これまでみてきた3つの法律は、「デジタル社会形成基本法」がデジタル社会形成のための基本理念と施策策定の基本方針を定め、「デジタル庁設置法」でその司令塔を担うデジタル庁の役割を定め、「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律」で、デジタル社会形成の一つ課題である地方公共団体の情報システム標準化の方向性を定め、といった具合に、大枠の方向性を示すものでした。
「デジタル社会形成整備法」は、これら3つの法律とは趣が異なります。
(図5)は「デジタル社会形成整備法」の概要を示したものです。
この「デジタル社会形成整備法」では、大きく4つの分野での具体的な施策が盛り込まれています。
まず「個人情報保護制度の見直し」では、「個人情報保護法、行政機関個人情報保護法、独立行政法人等個人情報保護法の3本の法律を1本の法律に統合するとともに、地方公共団体の個人情報保護制度についても統合後の法律において全国的な共通ルールを規定し、全体の所管を個人情報保護委員会に一元化」し、医療分野や学術分野での規制の統一も図るとしています。そして、最終的には、「個人情報の定義等を国・民間・地方で統一するとともに、行政機関等での匿名加工情報の取扱いに関する規律を明確化」することで、匿名加工情報として個人情報を活用できるようにし、データをより有効活用できるデジタル社会の実現のベースとしたい思惑がみえてきます。
次の「マイナンバーを活用した情報連携の拡大等による行政手続の効率化」は、まず国家資格の届出などの事務にマイナンバーを用いることで、届出に際して必要だった添付書類が情報連携により削減されるなど、届出する側も行政側も効率化を図ることができるようになっています。また、マイナンバーと連携した「国家資格等情報連携・活用システム(仮称)」により、これら国家資格を必要とする業務において、デジタルで資格確認を行えるようにすることも構想されています。医師や看護師など医療に係る国家資格や介護福祉士や保育士など社会福祉に係る国家資格の他、マイナンバーの対象分野である税・社会保障の関係からか税理士や社会保険労務士なども含む、32の国家資格について、「国家資格等情報連携・活用システム(仮称)」による資格確認が、令和6年(2024年)度のサービス開始を目指すとされています。
今回のコロナ禍やワクチン接種において、医師や看護師などの国家資格が一元的にデジタルで管理できていなかった反省から出てきたシステムとも考えられますが、税理士や社会保険労務士などの国家資格も含めて、どのようなシーンでどのように活用されていくのかは、今後をみていくしかないようです。
この項の、もう一つの施策である「従業員本人の同意があった場合における転職時等の使用者間での特定個人情報の提供を可能とする。」は、従業員にとっては転職のたびにマイナンバーを提出する必要がなくなるため、負担は軽減されますが、使用者である事業者にとっては、事業者間で安全にマイナンバーを提供できるシステムがないとできることではないため、施行後すぐにこのようなことが行われるようになるかは疑問です。
次の「マイナンバーカードの利便性の抜本的向上、発行・運営体制の抜本的強化」については、マイナンバーカードについて「利便性の抜本的向上」と「発行・運営体制の抜本的強化」という2つの施策が掲げられています。
「利便性の抜本的向上」で掲げられている「マイナンバーカード所持者について、電子証明書のスマートフォン(移動端末設備)への搭載を可能とする」は、スマートフォンでも所得税の電子申告ができるようになっていることとあわせて考えると、確かに利便性が向上することになりますが、このような利用方法が想定される個人がどれだけいるのかということも考えるとそれほどの数にはならないと考えられます。このように、ここに掲げられていることは、あくまでマイナンバーカードを持っている人が便利になる施策ではありますが、それによりマイナンバーカードの普及にもつながる施策にはなっていないのではないでしょうか。今後、デジタル庁が主体となってマイナンバーカードの普及を担っていくことになりますが、誰もが本当に便利だと思えるようなサービスを提供していくことにもっと注力すべきではないかと考えます。
もう一つの「発行・運営体制の抜本的強化」は、前々からマイナンバーカードの発行に時間がかかることが課題の一つでしたので、マイナンバーカードの発行主体である地方公共団体情報システム機構(J-LIS)の体制強化を図ることに異論はありません。地方公共団体情報システム機構(J-LIS)を国と地方公共団体が共同で運営する法人へ転換し、国による財源措置も行われることになっていますので、「発行・運営体制の抜本的強化」は実現していくのではないでしょうか。
最後の「押印・書面の交付等を求める手続の見直し」については、すでに押印欄が申請・届出書類からなくなるなど実行に移されているものもあり、今後対象となる手続が拡大することで、これらの手続の効率化は図られていくことになりますが、より利便性を向上させるためには手続がデジタルで完結するようになることだと思います。ここを通過点として、その先にスピーディに進めるようにしてほしいと思います。
今回みてきたデジタル改革関連法の成立により、9月にはデジタル庁が創設されます。これらの法律の中には、「デジタル社会形成整備法」のように今時点で必要と考えられる施策にまで踏み込んだものもあり、これらの施策の実行もデジタル庁が管轄していくものと思われます。これらの施策をみていくと、その効果がみえてこないものもあります。今後は、計画し実行される施策が期待した通りの効果を上げているかどうかもきちんと検証し、実効性のある施策にしていくために改善を重ねていく、そういった道筋をつけていくことをデジタル庁には期待したいと思います。
中尾 健一(なかおけんいち)
1982年、日本デジタル研究所 (JDL)入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、2019年10月25日に社名変更したMikatus株式会社の最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。
Mikatus(ミカタス)株式会社 最高顧問