前回に取り上げた「通信分野の相互運用性」とは、主として「相互接続性」に関わる分野である。ところが、口頭でのやりとりならまだしも、コンピューター同士を組み合わせてネットワーク化、C4ISR(Command, Control, Communications, Computers, Intelligence, Surveillance, and Reconnaissance)に関わるシステムを構築するとなると、さらに上のレイヤまで手を入れる必要がある。

コンピューターは融通が利かない

人間同士の口頭でのやりとりなら、多少の食い違いがあっても当人が気を利かせて判断したり、その場で不明な点について聞き返したり、といった手で解決できる可能性がある。もっとも、気を利かせてゲス・ワークをやった結果として、推測が間違っていてトラブルのもとに、という可能性もあるが。

その点、コンピューター同士のデータ通信は、事前にきちんと取り決めを行い、その取り決めの範囲内でやりとりを行わなければならず、ある意味、融通が利かない。裏を返せば間違いが起きにくいということだし、余計なゲス・ワークをやらないから良いということでもあるが。

そんなわけで、コンピューターで情報システムを構築して、さらにそれをネットワーク化するときには、電気的に「線がつながる」だけではダメで、どういう情報を扱わせるか、その情報をどういう風に記述するか、そしてどういう順番に並べるかといった、いわゆるデータ・フォーマット作りが重要な問題になる。

例えばの話、位置情報を緯度・経度でやりとりするとした場合に、「緯度・経度」の順番で書くのか、「経度・緯度」の順番で書くのかが決まっていなければ混乱のもとだ。あと、小数点以下何桁まで書くのかといった精度の話も問題になるだろう。

NATO諸国などで標準仕様になっている戦術データリンクに、Link 16がある。UHFの周波数ホッピング、あるいは衛星通信を利用して、彼我の位置情報やステータス情報などをやりとりして共有するためのシステムだが、これも当然、電気的な仕様の統一だけでなく、やりとりするデータの内容・記述形式などといった、データ・フォーマットに関する規定とワンセットになっている。

Link 16は、最初からNATO加盟国の標準データリンクとして使うつもりで仕様を策定したから、扱うデータについても、陸・海・空のすべてを網羅できる。実際、戦闘機もパトリオット地対空ミサイルもイージス艦も、みんなLink 16を使っている。

戦術情報のやりとりなら文字データで済むが、これが無人機(UAV : Unmanned Aerial Vehicle)に搭載した電子光学センサーでもって動画の実況中継をやるとなると、動画のデータ形式や圧縮方式に関する仕様統一も必要になる。インターネットにおける動画配信と同じで、送信側と受信側で仕様統一を図っておかなければ、再生が成り立たず、仕事にならない。

データリンクや動画の実況中継だけでなく、得られたデータを用いて意志決定支援などを担当する、指揮管制システムについても事情は似たようなものだ。

そして、統合作戦・連合作戦が日常化している昨今では、自国内で完結せず、A国のセンサー機材とB国の指揮管制システムとC国の武器システムを互いに連接する、なんていう場面は日常的に起こり得るから、相互接続性の実現は重要な課題になる。

アイルランド軍における実例

といったところで、いきなりだがアイルランド軍の事例を紹介しよう。

アイルランド軍も御多分に漏れず、軍のネットワーク化・情報化を推進している。すると当然ながら、相互運用性の問題も出てくるのだが、特にアイルランドの場合、EU戦闘群(EUBG : European Union Battle Group)への部隊派出に際してISTAR(Intelligence, Surveillance, Target Acquisition and Reconnaissance)、つまり情報・監視・目標捕捉・偵察を受け持つことが問題になったのだという。

なぜかといえば、敵情を把握したり攻撃目標を指示したりするには、一緒に任務に就く他国軍との相互運用性が問題になる。通信網をつなぐだけでなく、データ・フォーマットを統一しておかなければ、アイルランド軍が提供する情報が役に立たない。

また、友軍の位置追跡機能を提供するBFT(Blue Force Tracking)機能もしかりで、一緒に連合作戦を実施する複数の国の間でデータ・フォーマットを統一しておかなければ、友軍の位置追跡が成り立たない。

アイルランド軍の場合、三軍がそれぞれバラバラに、自軍のニーズに合わせてデータを収集・処理・共有するシステムを構築していたので、統一性がなかっただけでなく、軍種によっては情報共有の体制が不十分だった。また、海軍みたいに「そもそもリアルタイムの状況把握機能が不十分」というケースまであった。これでは統合作戦・連合作戦には使えない。

そこでシステムの再構築が必要になり、デンマークのSystematicという会社が開発・販売している指揮管制システム用ソフトウェア・スイート「SitaWare」を導入したそうだ。狙いは、戦況図(COP : Common Operating Picture)を三軍、あるいは同盟国軍との間で共有できるシステム・体制を作ること。

SiaWareはスイートというぐらいだから、戦況図(COP)情報へのアクセスや可視化を実現するソフトウェアや、位置情報の追跡を実現するソフトウェア、指揮管制機能を実現するソフトウェアといった具合に、用途別に複数のソフトウェアを用意した製品群となっている。しかも他国ですでに導入実績がある既製品だから、新規開発のための予算やリソースがない国にとっては魅力的だ。

そしてもちろん、相互運用性を実現するための標準化を実現するための、さまざまなプログラムや仕様にのっとったつくりになっている(これ重要)。それを導入することで、比較的低いコストで自国内、あるいは他国との相互運用性を備えた情報システムを構築できたというわけだ。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。