本連載の第32回「警戒監視体制の構築とIT(4)陸の警戒監視」で、国境線にセンサー網を張り巡らせたり、無人車両(UGV : Unmanned Ground Vehicle)を走らせたりして、人手によらない警戒監視を行う事例について取り上げた。実はこの手の話、不正規戦・対反乱戦とも深く関わっている分野なので、もうちょっと掘り下げてみよう。

侵入監視は人手がかかる

建物でも、工場を初めとする各種の施設でも、侵入監視というのは簡単な仕事ではない。監視カメラを設置するのは一般的なやり方だが、建物ぐらいならともかく、広い敷地を持つひとつの施設をまるごととなると、それを取り囲む境界線すべてをカバーできるだけのカメラを設置する必要があるから、台数が増える。

しかも、単に設置して映像を記録しているだけではダメで、本当に侵入者が現れたら直ちに警報を発して、警備員を現場に急派できるシステム・体制が整っていなければならない。カメラの台数が増えると、そのすべてを継続的に監視して侵入を検知するのは、それだけ大変になる。ひとつの施設でもそうなのだから、ましてや国境線の警備となると、比べものにならないぐらいの負担になる。対象は、数百kmから、ときには数千kmにも及ぶのだ。

日本やイギリスみたいに、周囲を海に取り囲まれた国にいるとピンと来ないかも知れないが、隣国と地続きになっていて、しかも無人の荒野に長大な国境線があるとなると、それを警備することの重要性は認識しやすい。

この国境警備、なにも隣国の正規軍が侵攻してくる場面だけが問題になるわけではない。アメリカとメキシコの国境線みたいに密入国者が問題になっているケースがあるかと思えば、最近ではテロ組織や反政府武装組織の類が国境線を通じて往来するケースもある。

建前として「隣国との間の自由な行き来はできない」ということになっていても、実際にそれを監視したり、物理的に阻止したりする手段がなければ、密入国者やテロリストが出入りしたり、武器やその他の物資を運び込んだりする事態は阻止できない。空港や国境検問所でだけ警戒していれば済むというわけに行かないところが、この問題への対処を難しくしている。

無人化監視システムのニーズ

といって、その長大な国境線に点々と監視哨を設置して人を配置するとなれば、インフラ整備にしても人員の配備にしても、あるいはその人員の交代や物資補給にしても、べらぼうな手間と費用がかかってしまう。

だから、それと比べればまだしも経済的に済ませることができる、ということで、国境警備の無人化には充分なニーズがある。では、具体的にどうやるのか。

まず、物理的な阻止手段として塀やフェンス、あるいは鉄条網といったものを設置する。もちろん、侵入を企てる側はそれを突破しようとするだろうが、地形や場所によって、突破しやすい場所と突破しにくい場所ができるだろう。おそらくは、人気のない場所、あるいは姿を隠しやすい森林や山岳地帯の方が突破地点に選ばれやすいと考えられる。

そこで、侵入者が突破地点にしそうな場所を優先的に、そして可能であれば全域にわたり、監視カメラ、レーダー、赤外線センサーといったセンサー網を展開する。そうしたセンサー網を稼動させるには電源が必要だから、電力供給設備も必要だ。

そして、ここから先が「軍事とIT」に関わる話題だが、センサーからデータをリアルタイムで送信するための通信網が必要だ。無線だと地平線を越える遠距離通信には不利だし、そこで衛星通信なんか使ったら費用がかかって仕方がないから、有線の通信網を設けるのが現実的だろう。どのみち電源の配線も必要になるのだし。

しかし、これだけで終わりにはならない。センサー網から入ってきたデータを表示する監視・指揮センターが必要だ。単にカメラやレーダーの映像をディスプレイに表示するだけでなく、可能な限りコンピュータによる自動化を導入して、侵入の発生を常続的に監視できるシステムを構築する必要がある。人手にだけ依存していたのでは、ムラや穴が生じる事態は避けられない。

つまり「センサー網と通信網と情報処理システム」の三位一体によって初めて、国境線の自動警戒監視が実現するわけだ。

港湾監視というニーズもある

ここまでは陸続きの国境線を対象とする話だが、それとは別に、テロ対策という観点から港湾警備というニーズも増えてきている。実際、米海軍のイージス駆逐艦「コール」が自爆ボートに突っ込まれて大破した事例もある。

たとえばフランスのDCNS社が先日、「テロ対策・海賊対策ツールのデモンストレーションを実施した」と発表した(DCNS tests new anti-terrorism and anti-piracy tools)

これはフランス南部のツーロンで、高解像度・高感度のカメラと脅威認識ソフトウェアを組み込んだコンピュータを組み合わせて、自動化した侵入監視・警報を実現するシステムの実証実験を行ったというもの。カメラが収集した映像は拡張現実(AR : Augmented Reality)映像の形で表示、それを解析して、不審な動きをしているフネを見つけ出すのだという。

DCNS社以外にも、似たようなシステムを研究開発している事例はある。また、カメラやレーダーによる海面上の監視だけでなく、ダイバーの侵入を検知するためのソナーも存在する。変わったところでは、移動体通信サービスの基地局から出る電波の反射波を受信することで脅威を探知する、パッシブ・レーダーという構想まである(参考)

もちろん、陸上であれ港湾であれ、不審者の侵入を検知するのは作業の前半部分であり、それに続いて阻止チームを送り込んで物理的に阻止する作業が必要になることを忘れてはならない。そこで必要となる状況認識・指揮統制・情報伝達といった分野もやはり、コンピュータと通信網が不可欠になるはずである。

執筆者紹介

井上孝司

IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。