前回は「相互運用性とはなんぞや」という話で終わってしまったので、今回から具体的な各論に話を進めていくことにする。最初に取り上げるのは、もっとも分かりやすく、また問題になりやすい、「通信」をめぐる話である。
通信の何が問題になるか
IT業界の視点からすると、通信の相互接続性・相互運用性というのは分かりやすい分野だろうと推察される。軍事通信の分野に限らず、その他の業界でも通信の相互接続性・相互運用性というのは課題になるからだ。
まず、大前提だが物理レイヤの統一が必要だ。有線なら、銅線か、それとも光ファイバーかという話があるし、電気特性を揃える必要もある。無線なら、使用する周波数帯や変調方式の統一が大前提だ。周波数や変調方式が違うものをそのまま相互に接続して、相互運用性を持たせようといっても無理な相談である。
だから、同じ軍種の中でも、同じ国の異なる軍種の間でも、あるいは同盟関係を構築している複数の国の間でも、平素から通信機に関する仕様の統一化・標準化を図り、相互接続できるようにしておかなければ話にならない。
ところが軍事通信の場合、さらにもうひとつの要素が関わってくる。暗号化だ。使用する暗号化方式を統一するのは当たり前の話だが、暗号化の際にはなにがしかの可変要素が関わってくる。それをどう管理・更新・運用するかという問題も出てくる。
換字暗号なら換字表が必要になるし、数字暗号なら暗号表だけでなく、それと組み合わせて使う乱数表も問題になる。換字表にしろ暗号表にしろ乱数表にしろ、通信する双方の当事者が同じものを使っていなければ、正しい通信が成り立たない。
これがコンピュータ化したデジタル暗号であれば、アルゴリズムの共通化に加えて鍵の生成・管理手順を統一する必要もある、という話になる。鍵配送問題は、軍用暗号の世界でも同様について回るのだ。
つまり、電気的な仕様統一による相互接続性の実現だけでなく、暗号化に関わる仕様や運用方法の統一も図らなければ、相互運用性の実現に向けた前提が成り立たないという話である。
通信内容の標準化
「相互運用性の実現」ではなく「相互運用性の実現に向けた前提」と書いた点に注意して欲しい。実は、まだ続きがあるのだ。
まず、多国籍の連合作戦では「何語で喋るか」という問題がある。自国の単独任務なら自国語で喋ればよいだろうが、連合作戦となると、何か「共通語」が必要だ。たいていの場合は英語になるだろうが、国によっては違うこともあるだろう。要は、言葉の統一から話を始めなければならないということである。
軍隊というところは特にそうだが、なにごとにつけ、定型化が徹底しているものである。これは通信の世界でも同じで、「こういう場面の通信では、こういう形でやりとりをする」という定型文のようなものが存在することが多い。
定型文を決めることで、伝達の確実性が向上するだけでなく、伝達漏れを防ぐ効果も期待できる。毎日、同じ時間に気象報告を送るのであれば、それは必然的に、いつも似たような内容になるだろう。それならある程度は定型文に可変要素をはめ込む形で対応できると考えられる。
敵情報告も同じだ。そこで出てくるキーワードのひとつにSALUTEがある。これ、礼砲(salute)とは何の関係もなくて、以下の言葉の頭文字を並べたものだ。
- Size (規模)
- Activity (活動)
- Location (位置)
- Unit (部隊)
- Time (時刻)
- Equipment (装備)
要するに5W1Hみたいなものである。報告すべき事柄を容易に思い出すことができて、かつ漏れがないように、覚えやすい頭文字略語にしたわけだ。不慣れな兵士、初めて戦場に出て浮き足立ちそうになっている兵士に対して「SALUTEをいえ」と指示すれば、単に「敵情を報告せよ」と指示するよりも確実性が高くなると期待できる。
ただ、「SALUTE」を上記の順番通りに報告すればよいが、報告する項目の順番が食い違ったら間違いの元だ。「SALUTE」という覚えやすい単語を使い、その単語を構成する文字の順番に報告していくようにすれば、順番の食い違いは防ぎやすい。そういう報告手順を標準化することも、通信の分野における相互運用性を実現するための重要な要素である。
似たようなところで、敵と交戦中の歩兵部隊が、後方にいる味方の砲兵隊に火力支援を要請する場面がある。火力支援を要請するには、どこに弾を撃ち込んでもらう必要があるのかを指示しなければならない。ということは、その「どこに」をどう指示するかという問題が出てくる。
一般的には、地図のグリッド座標を使う。地図はたいてい、縦横にグリッドを構成する線を入れて複数の領域に区切り、それぞれの領域ごとに識別用の文字や数字を割り当てるものだ。そして、その文字や数字で「グリッド座標○○△△××に撃ち込んでくれ」と要請する。
これなら間違いはない… といえるのは、火力支援を要請する歩兵部隊と、それを受けて砲撃を行う砲兵隊が同じエリアの地図、同じグリッド標記を行った地図を持っている場合。エリアが違うのは論外だが、同じエリアの地図でもグリッド標記の仕方が違っていたら、見当違いの場所に弾を撃ち込んだり、友軍の頭上に弾を撃ち込んだりする事態になりかねない。
また、火力支援を要請する際に「友軍の位置と敵軍の位置」を知らせるのか、「敵軍の位置と友軍の位置」を知らせるのか、なんていう順番の問題が出てくるかも知れない。順番をめぐる理解が双方で食い違うと、敵軍の代わりに友軍を殲滅してしまうことになる。
データをどう表記するかが相互接続性や相互運用性に関わる事例は、軍事以外の分野にもたくさんありそうである。たとえば、測位システムや地理情報システム(GIS : Geographic Information System)で使用する座標系が当事者同士で一致していなかったり、間違えたりすれば、もう大騒動間違いなしだ。
こんな調子なので、通信の相互運用性ひとつとっても、考えなければならないことは多いのである。
執筆者紹介
井上孝司
IT分野から鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野に進出して著述活動を展開中のテクニカルライター。マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。「戦うコンピュータ2011」(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて「軍事研究」「丸」「Jwings」「エアワールド」「新幹線EX」などに寄稿しているほか、最新刊「現代ミリタリー・ロジスティクス入門」(潮書房光人社)がある。