艦艇が搭載する対空ミサイルのことを、艦対空ミサイルという。水上戦闘艦なら一般的な装備だが、潜水艦ではほとんど例がない。ところが、それを開発してきた国がある。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
ディールとティッセンクルップの共同事業
その潜対空ミサイル(?)とは、ドイツのIDAS(Interactive Defense and Attack System)で、ディール・ディフェンスとティッセンクルップ・マリン・システムズ(TKMS)が共同で開発している。通常動力潜水艦の自衛手段という位置付け。
原子力潜水艦と比べると、通常動力潜水艦は最大速力、あるいは最大速力の持続に制約がある。全速で走ればあっという間に蓄電池の電力を使い果たしてしまい、ジ・エンドだ。また、陸地に近い浅海面を行動する場合には、深いところに潜ってかわすわけに行かないし、機動の余地も限られる。
それなら、機動によってかわす代わりに反撃したらどうか、というのがIDASの発想のようだ。射程は15kmと説明されており、海中に潜ったままで発射できる。ミサイルは全長2.5m、弾体直径180mm、重量120kg。発射するとウィングを展開する構造になっている。
携帯式の小型地対空ミサイルをマストに取り付けて撃ち出す「潜対空ミサイル」も考えられよう。しかし、赤外線誘導では撃つ前に目標を捕捉する方が好ましく、すると撃つ前に発射筒を海面に突き出す必要がある。
そんなことをすれば、潜水艦の存在を暴露することになってしまう。この種の武器は、追い込まれたときに「最後の手段」として使用するものだろうが、それにしても、わざわざ存在を暴露するのは具合が良くない。
IDASは、ミサイルをキャニスターに収容して魚雷発射管から撃ち出す。そこから飛び出したミサイルが海面上に出て飛翔するので、撃つ前に潜水艦の存在を暴露するリスクは低減できる。
なお、IDASで使用するミサイルは、ディール製のIRIS-T(InfraRed Imaging System - Tail/Thrust-Vector Controlled)空対空ミサイルがベースになっていて、ゼロから開発するよりもリスクを少なく抑えようとした考えが見て取れる。
IDASの実像
実は、筆者は2017年の「IMDEX Asia」展示会で、このIDASの模型を見ている。魚雷発射管に収まるサイズ(すなわち533mm径で全長は6m程度か)のキャニスターに、横に並べて2発、それをタンデムに配して、合計4発入りとしている。
キャニスターからミサイルを押し出すために、ミサイル1発ごとに専用のピストンが組み込まれている。模型を見ると、弾体の下に細い筒がひとつ見えるが、これがそのピストンと思われる。
使用する際は、まず脅威の方位や距離を把握する必要がある。その上でIDASのキャニスターを撃ち出す。そこから飛び出して飛翔するミサイルは、後方に光ファイバー・ケーブルを引っ張っている。これが艦とつながっていて、艦内にいるオペレーターはミサイルの画像赤外線シーカーが何を捉えているかを把握できる。
そこで「正しい脅威を捉えている」と確認できたら、後はケーブルを切って勝手に飛んでいけ、となる。つまり “man-in-the-loop” である。海面に出ないで海面上の脅威と交戦するから、間違った相手を撃たないようにする目的で、こういう「安全弁」を仕込んだのではないか。
また、撃ち出したキャニスターが艦から離れてから、ミサイルをキャニスターから押し出してロケット・モーターに点火するので、「ミサイルが海面上に飛び出した場所の直下に潜水艦がいる」とはならない。
もしも、ミサイルが飛び出す様子を見て敵のヘリがやって来たら、とっととケーブルを切って逃げ出す選択肢もあり得よう。敵のヘリは、まずミサイルをかわすことを考えなければならないから、その分だけ潜水艦に対する攻撃が困難になると期待できる。
IDASで難しそうなところ
これだけ書くと「そいつは便利そうだ、我が国でも買おう」といい出す人が現れそうだが、ちょっと待ってほしい。
海面下に潜ったままで撃つわけだから、実は「脅威の方位と距離を把握する」作業が課題になる。海中にいる潜水艦から直接、空中を飛んでいるヘリコプターを探知することはできない。
といって、そこで潜望鏡やレーダーを海面上に突き出したのでは、「存在を暴露せずに」という前提が怪しくなる。メーカー側がそこのところを分かっていないはずはない。この目標捕捉の問題をどう解決しようとしているのか、おおいに興味が持たれるところ。
ヘリコプターが吊下ソナーを降ろして作動させていれば、ヘリコプターの存在は分かる。「土壇場の自衛用」と考えると、吊下ソナーを作動させる対潜ヘリに取り囲まれたような場面での利用を想定しているのだろうか。
ベースになったIRIS-Tは、昨今の格闘戦用空対空ミサイルの例に漏れず、広いシーカー視野角を備えているが、それにしても限度はある。シーカーが捉えられる範囲内に敵機が来るように撃たなければ、撃っても効果は見込めない。
ドイツでは、このIDASを潜水艦に搭載する計画を進めているから、実用品として載せられるという目算はあるはずだ。にしても、最初にモノを作って試射するようになってから20年近く経過しているところからすると、いろいろ苦労があったのだろう。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。