ここまで、「用途別のサブシステムをバラバラに動作させるのではなく、ネットワークを介して連接・連携させる統合化システムにすることで得られるメリット」について、さまざまな事例を紹介してきた。

そこで天邪鬼みたいな話だが、「では、統合化したシステムにすると困る(?)ような場面があるんだろうか」というのが今回のお題。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照

「モンキーモデル」が必要な理由

この言葉は、猿に対してずいぶんと失敬な言い草ではないかという気もするが、防衛装備品の業界には「モンキーモデル」という言葉がある。これは、「本来の製品と比べて機能・能力を落としたモデル」のこと。「猿でも使えるぐらい簡単にしている」という意味ではなさそうだ。

どうして、そんなものが必要になるのか。

情報保全

まず、情報保全という問題。最先端の技術を駆使した製品をホイホイと他国に輸出すれば、下手をすると、中身をリバース・エンジニアリングされる危険性が出てくる。輸出先の国がそれをやらないとしても、輸出先の国と近い関係にある別の国がそれをやるリスクも考えられる。

「そんな話があるのか」と思われそうだが、ある。例えば、アメリカから見たパキスタンがそれにあたる。アメリカはパキスタンにF-16戦闘機を輸出しているが、そのパキスタンが中国と仲がいいのは周知の事実。実際、中国製の戦闘機も使っている。すると当然ながら、中国側の関係者がパキスタンにいるものと考えなければならない。そうなれば……というわけだ。

トルコが、ロシアからS-400地対空ミサイルを輸入する件を強行した結果としてF-35計画から追い出された件も、それと似たところがある。

パワーバランスの維持

もう一つの理由として、パワーバランスの維持という問題がある。むやみに高性能の装備品を輸出した結果として、相手国とその周辺の地域における戦力バランスが大きく崩れるのは好ましくない……そういう “政治的配慮” の下、意図的に性能を落としたものを輸出する場面もある。

では、実際に性能を落としたモデルを輸出した事例でどんなものがあるか。そこで、ミコヤンMiG-25フォックスバットの例を挙げる。

  • イラクの空軍基地で発見され、(なぜか)米空軍博物館の収蔵品になったMiG-25RB。主翼が外された珍しい写真 写真 : USAF

MiG-25のうち戦闘機型としては、最初にMiG-25Pが登場した。ところが1976年9月に発生したベレンコ中尉亡命事件により、機体の詳細が西側に筒抜けになる事態が発生(「MiG-25のレーダー射撃管制システムが真空管を使っている」といって話題になったのも、その筒抜けの一つ)。

それを受けて、レーダー射撃管制システムなどの電子機器を一新したモデルが作られた。それがMiG-25PD。MiG-25PはシミェルチA(RP-25)レーダー射撃管制システムを搭載していたが、MiG-25PDはサプフィル25(RP-25)に変更した。

これはもともと、MiG-23フロッガー用に開発したサプフィル23がベースであったらしい。シミェルチAでは欠いていたルックダウン機能が加わった。また、パッシブ探知ができる赤外線センサーも追加した。

そのMiG-25PDは外国にも輸出しているが、そちらは古いシミェルチをベースとするレーダー射撃管制システムを載せており、そこでソ連向けと差別化した。そんなことができるのは、レーダーが単品で載って単品で動作するからだ。

統合化システムの一部を変更するとなったら

もしも、レーダー射撃管制システムが他のシステムと連接・連携する構造になっていたら、どうなっただろう。

もちろん、そこで使用する一部構成要素だけを変更することが不可能というわけではない。物理的な設置スペース・重量・電源が同等仕様で、電気配線の物理的・電気的インタフェースが同じなら、理屈の上では変更できる。

しかし、構成要素が変われば、システム・インテグレーションと試験の作業をやり直すことになってしまう。もちろん、それには人手と時間と経費を要する。すると何が起きるかというと、性能を落としたモンキーモデルの方が高価につくことになりかねない。

それに、出来合いの機器をポン付けできればまだマシで、例えば「手持ちの旧型レーダーを付けちゃえ」と思ったときに、それか他のサブシステムと連接できなかったら。まさか、モンキーモデル用に性能を落としたシステムを新規開発」というわけにもいくまい。それではコントである。

ハードウェアではなくソフトウェアだったら

ここまでは、レーダー射撃管制システムとか電子戦システムとかいった、ハードウェアを別のものに替えるという前提で話を進めてきた。では、ハードウェアではなくてソフトウェアだったらどうだろうか。

近年のウェポン・システムではソフトウェア制御に依存する部分が大きくなっている。だからF-35やAN/SPY-6(V)レーダーみたいに、同じハードウェアのままでも、ソフトウェアを新しくすることで機能を増やしたり、能力を高めたりできる。時には、ハードウェアの方も新しくしなければならないこともあるが。

そして、ソフトウェアというやつは全体がひとかたまりになっているわけではなく、機能ごとの「部品」に分けて開発するのが普通だ。そこで物事をめいっぱい単純化して考えると、その「部品」を呼び出せないようにすれば、当該「部品」が担当している機能は実行不可能になる。

セキュリティやメンテナンスのことを考えると、古いバージョンのソフトウェアを使わせ続けるのは負担が増えて面白くない。しかし、機能を呼び出すか否かというだけの話なら、まだしも実現可能性があるのではないか。

  • F-35Aはブロック4仕様機からB61-12核爆弾の運用能力を備えることになるが、それを必要とする国は限られる 写真 : USAF

例えば、仕向地によって核爆弾の運用能力を持たせたり持たせなかったりということであれば、昔なら爆撃コンピュータを降ろすとか替えるとかいう仕掛けが必要になった。しかしソフトウェア制御なら、核爆弾のアーミングや投下に関わるソフトウェアを呼べないようにすることで、結局、運用能力はなくなってしまう。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。