前回に取り上げたSSDS(Ship Self Defense System)は「対空用」だったが、今回は「水中用」、つまり水上戦闘艦のソナー・システムについて取り上げてみたい。
それが、アメリカ海軍が開発した統合水中戦システム、AN/SQQ-89。日本でも海上自衛隊の護衛艦に導入事例がある。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
SQQ-89が登場した背景
水上戦闘艦は、潜水艦探知用のセンサーとしてソナーを搭載する。ソナーの設置形態とアクティブ/パッシブの別によって、以下のように分類される。
- 船底に設置する、アクティブ/パッシブ兼用ソナー。艦首に設置するものはバウソナー、それより後方の船底に設置するものはハルソナーという。
- 艦尾から後方に向けて繰り出す、曳航式のパッシブ・ソナー・アレイ。アレイという名称の通り、受聴用ハイドロフォンを多数、ズラッと並べている。
- 艦尾から海中に降ろす可変深度ソナー(VDS : Variable Depth Sonar)。アクティブ/パッシブ兼用が一般的。
- ヘリコプターを搭載しており、そのヘリコプターと艦の間をデータリンクで結んでいれば、ヘリコプターが搭載するソナーの情報も利用可能。
当初、これらのソナーは個別に、動作していた。だからコンソールもそれぞれ専用のものがあり、音響情報処理もデータの表示も、すべて個別に行うことになる。
すると、指揮官は複数のソナーから上がってくる情報を頭の中で組み合わせて、状況を把握しなければならない。探知目標が敵潜だと判断した後の交戦も事情は同じで、射撃指揮システムに手作業でデータを入れて発射するのが一般的だった。
それでは効率が良くないし時間がかかるから、統合化されたシステムを構築する必然性が生じる。そこで米海軍は、対潜戦システム統合(ASW-CSI : Anti Submarine Warfare System Integration)計画の下、1976年からAN/SQQ-89の開発を始めた。量産配備が始まったのは1986年のこと。
現在、AN/SQQ-89は、ロッキード・マーティンのロータリー&ミッション・システムズ部門が手掛けている。
SQQ-89の機能と構成要素
AN/SQQ-89は「指揮管制、射撃指揮、組み込み訓練機能を備えた製品。水上戦闘艦に対して、水中目標の探知・位置標定・識別・目標指示をシームレスに統合化した機能を提供するシステム」と説明される。
統合化したシステムだから、ソナー探知に基づいて作成する状況図は単一のものにまとめられる。それにより、確実な状況認識、警報の重複や見落としの防止、意思決定の迅速化を図っている。
一方、交戦の際には対潜短魚雷やASROC(Anti Submarine Rocket)を発射するため、これら兵装とのインタフェースが必要になる。
そこでAN/SQQ-89の主な構成要素を見ると、以下のようになる。
- AN/SQS-53B/C/D低周波バウソナー
- AN/SQR-19曳航ソナー(TACTASS : Tactical Towed Array Sonar System)、またはAN/SQR-20 MFTA(Multi-Function Towed Array)
- 音響情報処理装置
- Mk.116対潜戦指揮管制システム(ASWCS : ASW Control System)
- AN/SQS-25水測予察システム(SIMAS : Sonar In-situ Mode Assessment System)
- AN/USQ-132意思決定支援システム(TDSS : Tactical Decision Support System, 目標運動解析を受け持つ)
- AN/USQ-132戦術ディスプレイ支援システム(TDSS : Tactical Display Support System)
- Mk.331魚雷調定パネル(TSP : Torpedo Setting Panel)
- Mk.41垂直発射システム(VLS : Vertical Launch System)とのインターフェイス
- AN/SRQ-4 艦載ヘリコプター用データリンク ・艦載ヘリコプター用の音響情報処理装置(SH-60Bを例にとると、AN/SQQ-28を使用する)
Mk.41とのインタフェースは、垂直発射型ASROCを発射するために使用する。
探知の手段と交戦の手段を、管制システムを中心とする単一のシステムに統合することで、AN/SQQ-89は、ソナー探知で得た情報を集約・重畳・解析して、敵潜を発見・識別する可能性を高めている。そして、発見した敵潜を迅速に仕留めるために、必要なデータを迅速に魚雷やASROCに送り込む可能も提供する。
艦によって異なるAN/SQQ-89の立ち位置
面白いことに、AN/SQQ-89の扱いというか、立ち位置は、搭載する艦によって違いがある。
最初にAN/SQQ-89を導入したスプルーアンス級駆逐艦や、オリヴァー・ハザード・ペリー級ミサイル・フリゲートでは、AN/SQQ-89は独立した対潜戦システムとして動作する。一方、タイコンデロガ級巡洋艦やアーレイ・バーク級駆逐艦といったイージス艦では、AN/SQQ-89はイージス戦闘システムとつながっており、その配下のサブシステムとして対潜戦を受け持つ。
現在の最新バージョンはAN/SQQ-89(V)15。これはイージス戦闘システムと同様に、ACB(Advanced Capability Build)によるソフトウェア更新を2年ごとに、TI(Technical Insertion)によるハードウェア更新を4年ごとに、継続的に実施する体制になっている。
実現した追加機能の例としては、探信と受聴を別々の場所で行うバイスタティック探知機能や、受聴に用いるソナーを複数に増やしたマルチスタティック探知機能がある。
バイスタティック探知の機能は、艦側のAN/SQS-53C/DやMH-60R艦載ヘリコプターのAN/AQS-22 ALFS(Airborne Low Frequency Sonar)吊下ソナーを探信側、艦側の曳航ソナーを受聴側とする形で実現している。
オリヴァー・ハザード・ペリー級フリゲートはAN/SQQ-89を搭載しているが、艦側のソナーは低周波バウソナーのAN/SQS-53ではなく、中周波ハルソナーのAN/SQS-56を使う。そして、このAN/SQS-56はAN/SQQ-89とは連接しておらず、単独で動作する。
そのため、同級でAN/SQQ-89の下に統合しているのは、曳航ソナーと対潜ヘリのソノブイだけ。これは、同級がコストを重視した設計で、それを受けてシステム構成を簡素化したためだという。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第4弾『軍用レーダー(わかりやすい防衛テクノロジー)』が刊行された。