日本では、もう四半世紀ぐらいにわたって地対艦ミサイルの配備・運用を続けている。陸上自衛隊の地対艦ミサイルは国産品だが、近年、海外ではRGM-84ハープーンやRGM-184 NSM (Nytt Sjønomålsmissil / Naval Strike Missile)といった艦対艦ミサイルの陸上転用型を配備する事例が増えてきた。リーチをものすごく長くした沿岸砲台みたいなものだ。

  • 陸自の地対艦ミサイル発射機は車載式で、機動性を持たせてある。ただし、長い槍だけあっても駄目で、まず目標を見つける手段が要る 撮影:井上孝司

対水上の警戒監視

業界用語でいうところのチョーク・ポイント、つまり「仮想敵国がシーパワーを外洋に押し出そうとしたときに、必ず通らなければならない海域あるいは海峡」を扼する位置が自国の領内にあれば、そこで仮想敵国の艦隊行動を掣肘できると期待できる。平時には、そこを通航する仮想敵国の艦船を監視する。

すると、対水上の警戒監視手段が必要になる。もちろん、見張員がいて双眼鏡や望遠鏡で見張るのは基本だが、見張員が持つセンサーすなわちMk.1アイボールは、夜間や悪天候下では使えない。

すると、チョーク・ポイントを見張るために監視所を設置する際には、対水上レーダーも併設したい。基本的には艦載用の対水上レーダーと同じであり、土台が揺れたり動いたりしない分だけ条件がいい。なにも今に始まった話ではなく、第二次世界大戦中にも、イギリス軍は英国海峡やドーバー海峡を行き来する艦船の動向をレーダーで見張っていたという。

ただし対水上となると、レーダーでカバーできる範囲は水平線までとなるから、できるだけアンテナを高い位置に設置したいと。しかし実際問題としては、なかなかそうも行かないかもしれない。地形や用地の確保が問題になるからだ。

平時は警戒監視だけで済むが、有事となれば敵国の艦船が通航しないように、物理的に阻止しなければならない。すると対艦ミサイルが不可欠となる。

対艦ミサイルのターゲティング

地対艦ミサイルとして専用の製品を開発することは、まずない。一般的には、似た立場にある艦対艦ミサイル、あるいは空対艦ミサイルを陸上転用する事例が多い。

誘導方式も、地対艦だからといって特に違うわけではなくて、慣性航法システム(INS : Inertial Navigation System)で中間誘導を行い、レーダーあるいは赤外線センサーで終末誘導を行う。INSで得られる情報は緯度・経度であり、その情報を基にして、指定された緯度・経度に向かって飛ぶ。だから、発射の際には目標の位置を緯度・経度で指定してやる。

  • NSMの実大模型。これは赤外線誘導を使用するので、先端部にセンサー窓が設けられている。電波を出さないから逆探知されない強みがある 撮影:井上孝司

そうなると、対艦ミサイルを撃つためには、ターゲットの位置情報として緯度・経度を知らなければならない。そこでターゲットを捜索・捕捉して位置を把握するために、なにがしかのセンサーが必要になる。一般的にはレーダーを使う。

レーダーで得られる情報は、レーダー(のアンテナ)が設置されている位置を起点とする方位と距離だが、レーダー設置位置の緯度と経度が分かれば、そこに方位と距離の情報を加味することで、ターゲットの緯度と経度も幾何学的に計算できる理屈。これは、レーダーが陸海空のいずれにあっても同じだ。

そこで航空機にレーダーを搭載すると、アンテナの位置を高くできるので、その分だけ遠方まで捜索できる。

だから艦対艦ミサイルを撃つ際には、ターゲティングのためにヘリコプターを飛ばせると便利だ。いまどきの水上戦闘艦は事実上、ヘリコプターがワンセットになっているから、そのヘリコプターが搭載するレーダーで目標を捜索・捕捉する。ヘリコプターの位置を基準にしてターゲットまでの方位と距離を得ればよい。

陸上発射ならではの難しいところ

では、陸上から撃つ場合はどうか。水上戦闘艦みたいに「必ずヘリコプターがワンセット」とは行かないし、実際、地対艦ミサイルに隷属するヘリコプター部隊を編成している、という話は聞かない。

ハープーンやNSMの射程は100海里(約185km)ぐらいあるとされるから、その射程を活かそうとすれば、できるだけ遠方までカバーできる捜索・捕捉手段が要る。海岸線の地上から見通せる範囲は20kmあるかないかで、それより先は水平線の影に隠れてしまうから、普通に地べたの上にレーダーを設置しても、限界がある。

第337回でも取り上げたことがある、サーブ製のジラフ・レーダーみたいにレーダー・アンテナの位置を高くする手はあり、アンテナ高を5mから20mに引き上げれば、探知可能な距離は5割増ぐらいになる計算。

しかし、それでもまだミサイルの射程は生かしきれない。となるとやはり、航空機やヘリコプターなど、別のプラットフォームに捜索・探知を委ねて、データをネットワーク経由で受け取るのが現実的だろう。

ネットワーク化を前提とする一例

米海兵隊は近年、EABO(Expeditionary Advanced Base Operations)という構想を推進しており、その手段の一つとしてNSMを車載化した「NMESIS(Navy Marine Expeditionary Ship Interdiction System)」を開発している。これが自前のレーダーを持って、単独で捜索・捕捉・交戦するとなれば、前述した制約に引っかかり、NSMの射程を生かせない。

しかし、EABOにしろ、もっと上位のレイヤーで推進しているJADC2(Joint All Domain Command and Control)にしろ、手持ちのすべての資産をネットワーク化することが前提だ。そこで状況認識や指揮統制を共有化する。となれば、ネットワークを通じてデータを受け取ることを前提として、陸上に “長い槍” を配備しても有用性を発揮できよう。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第3弾『無人兵器』が刊行された。