前回は「潜水艦の電測兵装」というお題の下、潜水艦がどんな電測兵装を備えているかという話と、それが伸縮式マストになっていて、使用しないときはセイルの中に収容するようになっている、という話を書いた。今回はその続き。
まず参照用に、前回にも使用した、米海軍の攻撃原潜「デラウェア」(SSN-791)の就役式典で撮影された写真を置いておく。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
セイルの寸法を巡る制約
水中での抵抗を抑える観点からすると、セイルはできるだけコンパクトにまとめたい。そのことと、水面上に突き出すものをできるだけ減らしたいという事情もあり、セイルに組み込めるマストの数は限られる。
実際、冒頭の写真を見ても、スペースはいっぱいいっぱいのようだ。セイル頂部の最前部は浮上航行の際に見張や操艦指揮に立つためのスペースだから、マストは置けない。後部は幅が絞り込まれているから、内部にマスト類を収容するにはスペースが苦しい。
潜水艦では、船殼の強度を低くする開口部の数はできるだけ減らしたい。すると、伸縮式マストはセイルの中に収まる高さにしたいところだ。しかし、セイルの高さを詰めると、そこに収容できるマストの長さが短くなる。このことは、水面上に突き出せるマストの高さや、潜望鏡深度の設定に影響する。
潜望鏡深度が浅くなると、マストを突き出して何かするときに、浅いところまで艦を持って行かなければならなくなる。潜望鏡深度があまり浅いと、水が澄んでいるときには上空から艦が視認される可能性もある。
マストを長くすれば、その分だけ潜望鏡深度を深くとれる。だが、そのことと、セイルをコンパクトにしたいという要求は二律背反。どこでバランスをとるか(妥協するか)という問題になる。
被探知を避けるための考慮
停止していれば話は別だが、動いている潜水艦が水面上に何かを突き出せば、それが航跡(ウェーキ)を発生させる。これもまた、潜水艦の存在を露見させる原因になる。それは潜望鏡でも通信でもESM(Electronic Support Measures)でも変わらない。
通信用のマストは使用するときだけ突き出せばいいが、問題は潜望鏡とESM。潜望鏡を突き出して、ぐるっと一周させて観測している間には何秒かが経過してしまうし、時間をかけて観測していれば、もっと長く突き出すことになる。
その間に見つかってしまってはシャレにならないので、マストにはウェーキを抑える仕組みを設けることがある。つまり、円筒形の筒をそのまま突き出すよりも、海面にあたる部位を流線型のフェアリングで覆う方がマシということだ。
そこで悩ましそうだと思ったのが、ESMを潜望鏡と一体化するかどうか。一体にすると、目視で監視するのと同時に、電波発信源を探すこともできる。しかし、組み込むメカが増えればマストが太くなるから、目立つ原因が増える。
それに、ESMを使用するのは観測のときだけとは限らない。敵地の近海に忍び寄ってSIGINT(Signal Intelligence)収集任務に就くこともある。そんなときはマストを長いこと出しっぱなしにするから、海面上に突き出すものはできるだけ小さくしたい。
と考えると、SIGINT収集に使用するような広帯域のESMは独立した細いマストにして、浮上や観測のときに使用するESM(おそらく、敵艦や敵哨戒機の捜索レーダーに合わせた周波数があれば用は足りる)を別途、潜望鏡と一体化する。これが理想的ではないかと思えるが、さて実際にはどうしているのだろうか。
潜航しながら通信したい
では、通信はどうか。VHF/UHF通信機、あるいは衛星通信機なら、アンテナを海面上に突き出さないことにはどうにもならない。しかし例外はあるもので、周波数がとても低いVLF(Very Low Frequency)やELF(Extremely Low Frequency)は、海中でもいくらかは電波が届く。
といっても、それは地上のVLF/ELF送信局から送られてきた電波を受けるときの話。VLFの周波数は3~30kHzで波長は10~100km、ELFの周波数は3~30Hzで波長は10,000~100,000km。こうなるとアンテナのサイズも巨大になってしまうので、受信する潜水艦の側は細長いアンテナ線を後方に繰り出して、ズルズルと曳きながら低速航行することになる。
そして伝送能力が限られているため、VLFやELFは潜水艦の側から見ると受信専用、かつ短文専用となる。伝送速度が遅いのに、長い文面が届くのをジリジリしながら待つのは現実的ではない。
そこで、詳しい指令や情報を送らなければならないときには、まずVLFやELFで短文の呼び出しを送る。それを受けた潜水艦は、潜望鏡深度まで浮上して海面上に通信用アンテナを突き出す。それから本番の指令や情報を受ける。そういう手のかかる形になってしまう。
なお、海上自衛隊の潜水艦では、セイルの右舷側に起倒式の通信マストを外付けしていることがある。⻑さを⾒る限りではセイルに収まりそうではあるが、よく見ると、その先に細いアンテナ線が伸びている。これではセイルに納まらないわけだ。
近年では、通信用アンテナを突き出す代わりに、アンテナを内蔵したブイを海面まで繰り出して、潜水艦は潜望鏡深度よりも深いところに留まる。そんなアイデアが出て、開発に取り組んだ話もあった。
また、潜水艦から一方的に通信を送るだけであれば、送信機とアンテナを組み込んだブイ(SLOTブイという)を用意して、それの内蔵メモリにデータを書き込んだ後で射出する手もある。ブイは海面まで浮上して、データを送ったら自沈するので敵手には落ちない(はずである)。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第3弾『無人兵器』が刊行された。