先日、ある方と話をしていたら「衛星で監視するといっても、衛星が破壊されるかもしれないし、衛星からデータを送るための通信が妨害されるかも知れないから役に立たない」との主張を開陳される事態になった。「はて、そういうものなのか?」と疑問に思った次第。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
数を増やすアプローチ
物書きの身辺で発生した出来事は、何でも原稿のネタにになり得るという経験則がある。そこで今回は、この話を「つかみ」として、衛星群(constellation)の抗堪性について考えてみようと思う。
ちなみに最近、「コンステレーション」というと特定の衛星を指すものだと勘違いしているような話が見受けられるが、本来は「衛星群」を意味する一般名詞である。
さて。その衛星群の抗堪性という観点からすると、極端な言い方をすれば「数は勝利」というアプローチが考えられる。それを具現化しているのが、御存じスターリンク。何千基もの小型衛星が軌道上に上がっていれば、それを1つずつ狙い撃ちしてつぶすのは、まったく現実的ではない。一部の衛星がつぶされたとしても、残った衛星で機能を維持できる。
どこかで聞いたような話だと思ったら、アクティブ・フェーズド・アレイ・レーダーと同じである。あれも、一部の送受信モジュールが壊れたり機能不全を起こしたりしても、残ったモジュールで動作を継続できる。多少の性能低下は発生するだろうが、いきなりゼロにはならない。
ただ、スターリンク並みに大量の衛星を打ち上げるのは、そうそう誰にでも真似できる仕事とはいえない。同じように小型衛星を多数打ち上げて通信サービスを提供するワンウェブの場合、計画している衛星の総数は648基で、桁がひとつ違う。
さらに桁がひとつ減ると、衛星携帯電話でおなじみのイリジウムは当初、77基の衛星を使う計画だった(それが名称の由来になのは御存じの通り)。また、グローバルスターは52基、うち実働48基である。スターリンクの突出ぶりが分かる。
物理的な破壊の可能性
一方、物理的破壊手段はどうか。
まず、米軍が1985年9月13日に実施した衛星破壊試験で使用したASM-135A ASATミサイルの場合、軌道高度2,000km程度までカバーできるとされていた。これなら、低高度軌道(LEO : Low Earth Orbit)はおおむねカバーできる。ASM-135は上昇飛行中のF-15から撃ち出す設計だったので、地上でゼロから加速するよりもミサイルを小型にできるし、迎撃高度を高めるにも有利と考えられる。
一方、中国が2007年1月11日に人工衛星破壊実験では、東風21弾道ミサイルの派生型を使用したが、このときターゲットになった衛星の軌道高度は、約850~860kmとされる。その2年後にインドも衛星破壊実験を行ったが、こちらの軌道高度は約300kmとされる。
これらの実績からすると、MEO(Medium Earth Orbit)ないしはそれ以上の軌道高度を周回している衛星を、地上あるいは空中からミサイルで破壊した事例は、まだ存在しないことになる。
そうなると「キラー衛星」の出番だが、そんなものが軌道に上がればたちまち存在が露見するし、他の衛星に不自然に接近すれば軌道修正で回避することになろうか。
通信妨害の可能性
では、衛星がデータを送る際の通信を妨害することはできるのか。
大量のデータを送信しようとすれば、高い周波数の電波を使用する必要がある。だが、周波数が高くなると減衰しやすくなり、到達距離が短くなるのは御存じの通り。高い周波数の電波なら電離層を突破できるから、地上から送信して妨害できそうにも思えるが、力任せに妨害できるぐらいの出力を宇宙空間で維持するには、相当な送信出力が必要になるはずだ。
しかも、周波数が高く、直進性が強い電波を地上から頭上に向けて放っても、カバーできる範囲は局所的である。仮に某国の上空を飛翔している通信衛星に対して妨害波を放ち、それが軌道上に到達した時点でもなお、十分な出力を残していたとする。
しかし、それが有効なのは、妨害送信機がある某国の上空、それも一部分だけである。周回衛星であれば、妨害可能なエリアからはすぐに離脱してしまう。
また、上空にデータ中継衛星(TDRSS :Tracking and Data Relay Satellite System)を配置して、そちらを通じて自国の地上局にダウンリンクする形では、アンテナは上方を向くし、電波も上方に向かう。それを地上から的確に妨害し続けられるものかどうか。
データ中継衛星を衛星群で構成する話もあり、その一例がアメリカのSDA(Space Development Agency)トランスポート・レイヤーだが、衛星群になれば当然ながら、物理的な破壊あるいは妨害の対象が増える。つまり、破壊や妨害を企む側にとっては負担が増える。
ここまで述べてきたような事情を考慮すると、「破壊あるいは妨害されるから衛星群に頼るのは無意味」という主張には、いささか無理があるように思える。
それに、前回にも述べたように、小型かつ相対的に安価な衛星でも、それなりの性能を実現できるようになった。そして、民間主導で安価な衛星打ち上げロケットがいろいろ実用化されている。すると、無力化される場面が出てくるという前提で、「ダメになったら代わりを打ち上げればよい」という考え方も現実的になってきている。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。