MANETとは、Mobile Ad hoc Networkの略。その名の通り、移動体向けで、アドホックにネットワークを構築する手法である。IEEE802.11b無線LANが普及し始めた頃に、アクセス・ポイントを中核とする「インフラストラクチャ・モード」に加えて、端末同士が直接通信する「アドホック・モードがある」という話がお約束のように出てきたが、意味するところは似ている。

MANETとメッシュ・ネットワーク

調べてみたら、MANETのルーツは1970年代の軍事研究にあるという。もともと、ちゃんとした通信インフラがない戦場で信頼性の高いネットワークを構築したい、というニーズがあって研究が始まったが、なかなかモノにならなかったらしい。

アドホックにネットワークを構築するということは、ノードが増えたり減ったりするということで、そこで整合性を維持しながらネットワークを機能させる仕組みが必要になる。例えば、データリンク層やネットワーク層でアドレスの重複なんかが起きては困るわけだ。

しかも、移動体となるとノード同士の位置関係は一定しないし、軍用なら妨害対処も求められる。戦闘被害でノードが突然消えてしまう可能性も考えなければならない。

ここ10年ほどの間に、MANETが軍事の業界で頻出するワードになってきている。後述するように、実証試験を行う事例や、具体的な製品事例も出てきている。つまり、ようやく実用的なモノになってきていることを示しているのだろう。

手元のデータによると、レイセオン(現在は、レイセオン・テクノロジーズ)が2010年に、EMARS(Enhanced Mobile Ad-Hoc Network Radio System)を発表していた。陸戦用の戦術データ交換用ネットワークで、「市街地のように電波状態が良くないところでも、自動的に適応して通信途絶を防ぐ」との触れ込みだった。

そのMANETとメッシュ・ネットワークの組み合わせが注目される背景には、抗堪性が高いネットワークが求められる事情がある。電子戦による妨害への対処はもちろんのこと、EMARSでも謳われていたように、無線通信にとって厳しい環境下でも安定して使える通信機、というニーズもある。

また、IEEE802.11のインフラストラクチャ・モードみたいにすべての通信を1カ所で束ねる方式では、戦闘被害が発生した時の抗堪性の面で問題がある。その点、個々のノードが直接やりとりする網状のネットワークをアドホックに構築できるほうが、都合が良い。無線機を持ち込んで所要の設定をするだけで、すぐに通信網を構築できれば便利だ。一部のノードがダウンしても、それでネットワーク全体が壊滅する事態にもならない。

また、メッシュ・ネットワークを組み合わせることで、ノード同士が順次中継する形でリーチを拡げることもできる。順次中継によってリーチを広げるのであれば、個々のノードは近隣にいる別のノードと通信できれば用が足りる。すると、送信出力をむやみに高める必然性がなくなるから、以前に書いたSWaPの面でも有利だ。その代わり、ネットワークの制御は複雑になる。

メッシュ・ネットワークでは、あるノードと別のノードを結ぶ通信経路がひとつだけとは限らない。ある経路が妨害や戦闘被害によってダウンしても、別の経路に切り替えて通信を維持できるとの期待が持てる。複数の選択肢がある場合は、利用可能な周波数帯や負荷状況、あるいはホップ数といったデータに基づいて「コスト」を設定、そのコストが最も低い経路を使ってデータを流すようにすれば良い。

また、位置情報を活用して「最も近くにいるノードとやりとりする」という形も考えられる。

無人ヴィークルとの組み合わせいろいろ

具体的な軍用MANET通信機の事例を見てみると、無人ヴィークルとの組み合わせが出てきているのが興味深い。無線で遠隔制御したり、データを受け取ったりする無人ヴィークルでは、信頼できる無線通信網が不可欠だから、だろうか。

例えば、キネティック・ノースアメリカ(QNA : QinetiQ North America)はパーシステント・システムズという会社と組んで、無人車両(UGV : Unmanned Ground Vehicle)向けの無線通信手段としてMANETを導入する動きを見せている。同社では、「MANETの導入により、ネットワークの信頼性・高スループット・遠達性を強化して、従来より遠方への進出を可能にしたり、複数のリアルタイムHD動画伝送を実現したりする考え」といっていた。

  • キネティックの大型無人車両(UGV)であるTITAN。同社はUGVの無線通信手段としてMANETを導入する動きを見せている 写真:キネティック

    キネティックの大型無人車両(UGV)であるTITAN。同社はUGVの無線通信手段としてMANETを導入する動きを見せている 写真:キネティック

UGVとMANETの組み合わせは、ゼネラル・ダイナミクス・ランド・システムズ(GDLS)もやっている。こちらもパーシステント・システムズが関わっていて、同社がMANET通信機・MPU5をGDLSに納入、それをGDLSのMUTT(Multi-Utility Tactical Transport)という輸送用UGVに組み合わせるとしていた。この話が出たのは2019年10月のこと。

空の上では2020年8月に、米空軍のMQ-9リーパーにウルトラ・エレクトロニクス製の通信中継ポッド・REAP(Rosetta Echo Advanced Payloads)を搭載して飛行試験を実施したが、これもMANETを使用する。狙いは通信可能範囲の拡大にあったという。

  • 通信中継ポッド「REAP」を搭載して飛行試験を実施した米空軍のMQ-9リーパー 写真:U.S. Air Force

    通信中継ポッド「REAP」を搭載して飛行試験を実施した米空軍のMQ-9リーパー 写真:U.S. Air Force

通信機単体では、2020年3月にL3ハリス・テクノロジーズがRF-9820S、タレスが2021年2月にJavelin Combat Net Radio 戦術通信機を発表している。どちらも、外見でお分かりのように個人携行用の通信機で、音声/データ両対応である。

この先、MANETがメインストリームになるかどうかは未知数だが、従来型の通信機や通信システムで、これからの戦闘環境に対応できるのか、生き残れるのか、という課題は存在する。今後の動向に注目してみたいところだ。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。