海軍の戦闘場面のうち、無人化があまり進んでいなかったのが、対潜水艦戦闘(ASW : Anti Submarine Warfare)である。しかし最近では、この分野でも無人ヴィークルを持ち込む動きがポツポツと出てきている。今回は、ASWの無人化を取り上げよう。

前回は、ASWにおける無人ヴィークルの活用ということで、潜水艦捜索の主要手段、すなわちソナーの展開における無人ヴィークルの利用事例を紹介した。ただし、あくまで私見だが、ASWのプロセス「全体を」無人化・自動化するのは難しいと思う。

  • 海上自衛隊の最新の潜水艦 おやしお型「まきしお」。統合ソナー・システムが搭載された 写真:防衛省

    海上自衛隊の最新の潜水艦 おやしお型「まきしお」。統合ソナー・システムが搭載された 写真:防衛省

  • 海上自衛隊の最新の潜水艦 そうりゅう型「そうりゅう」。側面ソナー・アレイが付いている 写真:防衛省

難しいのは識別

ASWで難しいのは、実は「識別」である。原子力潜水艦はいうに及ばず、通常動力潜でも海中に潜りっぱなしで、海面上に出てくるのはせいぜい潜望鏡とシュノーケルだけということが多いので、艦の外見で識別するというわけにはいかない。

「でも、音紋というものがあるんだから識別できるでしょ?」という意見は出てきそうだ。機関などが発する音には艦のクラスごとに差異があるし、同じクラスでも艦ごとに微妙な違いがあるという。その違いがわかっていれば、確かに、パッシブ・ソナーが聴知した音響データに基づく個艦識別はできそうに思える。

経験を積んだソナー員であれば、実際にそういう形での識別を実現しているだろう。しかしそれは、ソナー員の頭の中に音響データの蓄積ができているからである。

パッシブ・ソナーが聴知した音響データは、生の音を聴くだけでなく、ウォーターフォール・ディスプレイの形で表示する見せ方もある。ウォーターフォール・ディスプレイは時間の経過に従って、聴知した音を示すトーン・ラインが上から下に向けて動いていく形の表示形態だ(それが名前の由来)。

  • ソナー ディスプレイのイメージ

その画面表示の中で、周波数ごとの音響の強弱などを見ることで識別の材料にする、という話であろう。しかしこれとて、識別の元になるデータがなければ始まらない。だからこそ、ASWに力を入れている国はおしなべて、仮想敵国の潜水艦が発する音響に関するデータをかき集めて、蓄積・解析する地道な作業を続けている。もちろん、日本もその1つだ。

「そうやって集めたデータを深層学習で解析してAIで識別させれば……」という声が上がるだろうなあ、という想像はできるし、そういう使い道を実際に研究している人がいても驚かない。

ただ、経験を積んだソナー員と同レベルの識別能力、同レベルの信頼性を備えたシステムを実現するには、かなりの時間を要するのではないだろうか。

深層学習、AIなどといってみても、そこに食わせるデータの質が悪ければ有用性は下がる。質の高いデータを集めることができても、それを具体的な解析・識別のロジックにつなげるという次なる課題がある。

当節、何でも「AIでやりました」といえば話題になる傾向があるが、ややこしい話が多いASWという分野ではどうだろう。ひょっとすると、AIや深層学習といった話は、ソナー探知での利用よりも先に、水温や塩分濃度などによって変動する水測状況の予察に使われるかもしれない。

アクティブ探知における識別という問題

それでも、音紋とかと周波数ごとのトーン・ラインの違いとかいう話が出てくるパッシブ・ソナーは、識別という観点についていえば、まだしも有利だといえるかもしれない。

これが、自ら音波を発するアクティブ・ソナーだと事情が異なる。乱暴なことをいえば、ソナーが得るのは反響音と、それの方位・距離だけ。聴知する反響音は自身が出した音だから、これは識別の役に立たない。

空中では、レーダー電波の反射波を対象としてあれこれ解析することで探知目標の種類を識別する手法があるというが、アクティブ・ソナーではどうだろうか。しかも海中での音響伝搬は、空中での電波伝搬と比べると、複雑さの度合において上を行く。

問題はそれだけではない。もし、うまい具合に仮想敵国の潜水艦に行き会ったとしても、アクティブ・ソナーで音波を浴びせれば、相手は当然ながらそれに気付いてしまうので、具合が悪い。それと知られずにデータを盗らなければならない。

まさか、アメリカ海軍のASW担当者がロシア海軍や中国海軍の潜水艦部隊に電話をかけて「もしもし、反響音のデータが欲しいんで、ちょっと潜水艦出してくれる?」と頼むわけにも行かないのだ。

面倒なところは無人化、意思決定は人間が

閑話休題。そういうわけで、アクティブ・ソナーにしろパッシブ・ソナーにしろ、潜水艦の探知に成功したとしても、識別まで自動的に、無人ヴィークルの中で完結させるのは難しいだろう。どうしても、人間の経験や知恵やカンに依存する部分は残ってしまう。

無人ヴィークル上でできるのはデータの解析やフィルタリングぐらいで、最後は衛星通信でデータを送り、人手による解析・判断・意思決定に委ねなければならないのではないだろうか。

それにはもちろん、「コンピュータに勝手に戦争を始めさせるわけにはいかない」という事情もある。土壇場の、識別して交戦の可否を判断するところは人間がやらなければならないのだ。

しかし現実問題としては、その意思決定の前の段階、つまりパッシブ・ソナーによる聴知やアクティブ・ソナーによる探信といった捜索手段により、状況認識のためのデータを集める作業の方が、はるかに時間も手間もかかる。その部分だけでも省力化できるのであれば、無人ヴィークルを持ち込むことのメリットは大きい。

だから、ASWのうち捜索とデータ収集に関わる部分は、意外と早く無人化が進むのではないか。ただし、それを受け持つプラットフォームが敵国または仮想敵国に拿捕されたらどうするの? という課題は解決しなければならないが。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。