第257回で、地上管制ステーション(GCS : Ground Control Station)の話に絡めて「アメリカ本土から、衛星通信経由でアフガニスタン上空にいる無人機(UAV : Unmanned Aerial Vehicle)を管制することもできる」と書いた。しかしそこには、ちょっとした注意点がある。UAVに限った話ではないが、ちょうどいい機会なので書いてみたい。

静止衛星による通信の中継

通信衛星については、本連載の第123回で取り上げたことがある。要するに、人工衛星に中継器(トランスポンダー)を載せたものが通信衛星で、静止衛星を使用することが多い。

地上から、衛星の中継器に向けて通信を送る。それを受けた中継器は、担当範囲内の地上に向けて同じ内容を再送信する。逆方向の通信であれば、向きが反対になるだけで、やっていることは同じだ。そして、地上から衛星に向かう通信をアップリンク、衛星から地上に向かう通信をダウンリンクという。

静止衛星は御存じの通り、赤道の真上・軌道高度は約36,000km程度のところに位置する必要がある。それにより、地球の自転と同調して動くことになるので、結果として地表から見ると静止しているように見える。

この「赤道上に位置する」という点が、静止衛星を用いる通信衛星に、若干の制約をもたらしている。

静止衛星の制約1 : 極地が苦手

お手元に地球儀があったら、赤道の真上に視点を置いて、そこから地表を見てみると理解しやすい。お手元に地球儀がなければ、仕方ないのでちょいと想像力を働かせてみていただきたい。

赤道の真上から地球を見ると、真正面の、最も近い場所にあるのは赤道である。緯度が上がると、赤道上にある静止衛星からの視線は、上あるいは下に移動する。そして、それとともに地表との距離が少しずつ遠くなる。

地表のうち最も遠く、大きな角度が付くのが北極と南極である。ということは、通信衛星からすると、真正面にあって距離が近い赤道付近は通信を行いやすく、北極や南極はその反対ということになる。

これは静止衛星ゆえの制約で、イリジウム衛星携帯電話みたいに低軌道の周回衛星を使用していれば、そういう問題はない。その代わり、軌道高度が低いため、カバーできる地上の範囲が狭くなる。

また、周回衛星を使用すると、1つの衛星が特定の地域を常時カバーするというわけにはいかない。したがって、周回衛星で通信サービスを実現する際には、多数の衛星を複数の軌道に載せて地球のまわりを周回させている。

  • 米空軍・第50宇宙団(50SW : 50th Space Wing)麾下、第3宇宙運用隊(3SOS : 3rd Space Operations Squadron)の部隊章。手前に描かれている衛星はWGS(Wideband Global SATCOM)、その奥には赤道上の通信衛星が地表とやりとりする様子が描かれている Photo:USAF

静止衛星の制約2 : 東西方向のカバー範囲が限られる

地球は球体だから、赤道上に打ち上げた静止衛星から直接見通せる範囲には限りがある。軌道高度が上がればカバーできる範囲は広くなるが、伝送遅延が大きくなるし、そもそも静止衛星として機能できる高度は限られている。

そのため、静止衛星で全世界(の東西方向)を完全にカバーしようとすると、少なくとも3基の衛星が必要になるとされている。東経・西経で120度ずつの間隔を置いて3基の衛星を打ち上げればよい、という話になるが、赤道上空の軌道位置は争奪戦が激しいので、理想通りの位置に置けるとは限らない。

すると何が問題か。静止衛星は前述したように、地上から衛星に向かう通信(アップリンク)と、それを中継して地上に向けて送り返す通信(ダウンリンク)で成り立っているが、それによって通信する双方の当事者とも、同じ衛星のカバー範囲内にいる必要がある。

先に挙げた「120度ずつの間隔」という話を敷衍すると、例えば経度が180度違う2地点間の通信を、ひとつの通信衛星でカバーすることはできない。

日本標準時は東経135度だから、そこを中心として経度で120度の範囲というと、東西に60度ずつ、すなわち東経75度から西経165度までとなる。日本をカバー範囲内に納めている静止型通信衛星を使って大西洋上から衛星中継をやろうとしても、大西洋上からは当該衛星が視界内にないことになる。

2種類の解決方法

「制約2」に対処する方法は2種類ある。

ひとつは、地上局の位置を変えること。アメリカが最初にMQ-1プレデターをアフガニスタンで飛ばした時に用いた方法がこれだ。

具体的にいうと、アフガニスタンをカバー範囲内に納めているKuバンド対応の通信衛星を1つ確保して、それに対応する地上局を(アメリカ本土ではなく)ドイツ国内に置いた。そして、ドイツ国内の地上局とアメリカ本土のGCSの間を光ファイバー回線で接続した。

「マホメットと山の話」ではないが、山(通信衛星)がこっちに来てくれなかったので、地上局の方から衛星のカバー範囲内に出張っていったことになる。

もう1つの方法は、軌道上にいる通信衛星同士をリンクすること。先の例でいうと、アメリカ本土のGCSに接続した基地局からは、アメリカ本土をカバー範囲内に収めている通信衛星とやりとりする。一方、アフガニスタン上空を飛んでいるUAVは、アフガニスタンをカバー範囲内に収めている別の通信衛星とやりとりする。

そして、2基の通信衛星同士を直接接続する回線を用意して、両者の間で通信を中継させる。すると通信の流れは「地上局1→アップリンク→衛星1→衛星間リンク→衛星2→ダウンリンク→地上局2」となる。

これなら、地上で基地局を出張させたり、基地局同士を結ぶ回線を用意したりする手間はかからない。しかし、十分に高い伝送能力を備えて、かつ信頼性が高い衛星間リンクを実現しなければならない。

そこで、衛星間リンクに電波ではなくレーザー通信を使おうという話が出てくる。地表と違い、大気がない宇宙空間ではレーザー・ビームの劣化は少ないから、光通信による衛星間リンクは比較的実現しやすい。

もちろん、ここまで述べてきたのは「アメリカ本土からアフガニスタン上空のUAVを管制する」みたいな極端な事例だから、GCSとUAV運用地域の距離がもっと短ければ、何も問題はない。例えば、南西諸島の上空を飛んでいるUAVを東京に据え付けたGCSから遠隔管制するのであれば、同じ通信衛星で用が足りる。

著者プロフィール

井上孝司


鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。